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Evasion 1巻 和洋折衷『妖』幻想譚

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 それから一刻ほど後。

 久居は寝台から静かに身を起こした。
(少し、楽になってきましたね……)
 横になっていた間に乱れた髪を、手櫛で後ろへ撫で付けながら、自身の足元で穏やかな寝息を立てている主人の様子を窺う。
(菰野様はぐっすりですか)
 久居は、小さな主人の小さな背にそっと布をかけると、天井裏へと視線を投げた。
(葵さん、お待たせしました)
 こちらに気付いた気配に小さく頷きを返すと、そっと部屋を出る。

 外の景色は、いつの間にかすっかり夜になっていた。
 月明かりの差し込む渡り廊下の陰で、二人は誰にも聞かれぬよう注意を払いつつ会話していた。
「では、今回の毒は例の物と……」
 久居の問いに、葵が答える。
「同じ物だろうと仰っていました」
「そうですか……」
「ここ最近に城へ入った物である可能性は、極めて低いです」
 葵の言葉に、久居は思案する。
(つまり、加野様殺害の際に使った物の残り……。同一人物という事ですか)
 久居は反省を込めて今日の出来事を振り返った。
(やはり、菰野様が昼にあの山へ入りかけてしまった事が、今回の使用のきっかけになったのでしょうか……)
 念の為、自分の食事を菰野の物と換えておいたことに関してだけは、正解だったと言えるだろう。
(加野様と同じように、菰野様をも妖精に呪い殺された事にしてしまうつもりなのですね……)
 考えながら、久居はふと疑問を口にする。
「そういえば、葵さんは例の件をご存知で……?」
「いえ……お伺いした通りにお伝えしているだけで……」
「そうですか……」
 久居は少しだけ残念に思う。
(まだしばらくは相談できる相手もいませんね……)
 葵はそんな久居に気付いてか、深く頭を下げる。
「すみません……、お役に立てず……」
 久居は、まだ熱の残る身体に柔らかい空気を滲ませて、微笑んだ。
「いいえ。葵さんには、いつも、とても助けられていますよ」
 久居は、菰野のために奔走してくれるこの隠密を、実際心強く思っていた。
 何も知らずとも、それでも、自分達を気遣ってくれる味方がいるという事は、一人じゃないと思える事は、この頃の久居にとって大きな支えだった。


 そんな久居の心に、葵もまた、応えたいと願っていた。

 譲原の元で、久居と共に力を合わせて、菰野の身を守る。
 それは、葵にとって使命と思える程に大切な仕事だった。



 ……それなのに、今。

 葵は、久居の両手を押さえ、その身を拘束していた。