狐鬼 第二章
くろじが長椅子の上で座り直す
「心配?」
はつねは首肯く
其れこそ何度も首肯く
「彼(あ)の二人には幸せになって欲しいの」
はつねの言葉に
今日、彼(あ)の二人に会ったばかりのくろじも首肯く
「俺もそんな感じ」
途端、破顔するはつねが
彼(あ)の二人との最初(ファースト)(の)接触(コンタクト)を語り出す
引っ越しの挨拶に来た際(さい)
引っ越しの粗品の御返しに
「御店の残りだけど馬路(マジ)、自信作」
と、稲荷寿司を振る舞った結果
以来、白狐は其(そ)の「自信作」の虜(とりこ)だ
「彼(あ)の時 (も)」
「理由は(今も)分からないけど」
「みやちゃんの隣(となり)で、すずめは泣きそうな顔をしてたの」
其れでも
肝心(?)の白狐が全(まった)く動じないのではつねも仕方なく踏み止(とど)まる
でも
「違うの」
「彼(あ)れは違うの」
「違う?」
相槌を打つ
くろじにはつねが続ける
「彼(あ)れは身構えてたの」
「すずめを守るように身構えてたの」
今の今 迄(まで)、然うであるように
先の先 迄(まで)、然うであるかのように
然うして
言葉を切り考え込む
はつねの額(おでこ)に不図(ふと)、くろじが手の平を当てる
「知恵熱、出てねえ?」
一瞬、目が点になるも
「そんな難しい事、言ってないでしょう!」と、言い放つはつねにくろじが零す
「然うか?、俺には珍紛漢紛(ちんぷんかんぷん)だぜえ」
兎に角
興味半分、勘繰(かんぐ)る自分を恥じつつも
御節介(おせっかい)な性分故、放って置けない気持ちもある
勝手に思い
勝手に想像した結果、結論を述べる
「若(も)しかしたら彼(あ)の二人、駆け落ちなんじゃない?」
「はい?」
はつねの極論(笑)に
くろじは眉間に皺を寄せるが「強(あなが)ち間違いでもなさそう」的な
視線を返さずにはいられない
(くろじの)無言の支持を受けて、はつねは浮き浮きで持論を展開する
御互い(客)商売人
(客と)親しくなるのに然う時間は掛からないが
はつねの場合、其の比ではない
良く言えば「壁 梨(なし)」
悪く言えば「距離 梨(なし)」
と、笑いを堪える
くろじは(態度は)折り目正しく、はつねの話に付き合う
「駆け落ちの定番って言えば、アレよね?」
(く)駆け落ちに定番ってあるのか?
「庶民と貴族」
(く)庶民と貴族、ねえ?
「然う当て嵌めれば」
「みやちゃんの浮世離れした馬鹿さ加減にも頷けるのよね」
(く)否否(いやいや)、知らねえし(笑)
其れに競馬やってんなら思いっ切り俗世 塗(まみ)れだろ?
「みやちゃん」
「イケ面(メン)以前に何処となく「高級」な感じがしない?」
其れを言うなら「高貴」だろう
内心、突っ込むくろじだがはつねの抜けた一面、此れが可愛くて仕方ない
喩え、可愛くて仕方ない
其 (はつね)の唇で他所の男を「イケ面(メン)」等(など)と宣(のたま)っても
惚れた弱みだ、後で慰めてもらえばいい(笑)
「確かに近寄り難い雰囲気はあるよなあ」
対峙した一時、覗いた伊達眼鏡越し
翡翠色の目に一瞬、魅入られたのは気の所為じゃない
多分、カラ(ー)コン(タクト)だと思うが外(国)人と言う考えも捨て難(がた)い
「でしょう?(!)」
と、身を乗り出す
はつね相手に至極、適当な事を口にする
「競馬の(稼ぐ)才能だって」
「幼少期から馬術に慣れ親しんだ御令息様 故(ゆえ)かも知れないな」
「でしょう?(!)」
真逆(まさか)、其処に合点が行くとは思わなかったが何度でも言う
はつねは若干、抜けている
すると行き成りくろじが手を打つ
「よし、決めた!」
「何を?」と、はつねが尋(たず)ねる前に
にやにや笑うくろじが宣言する
「俺の(サーフショップ)店ですずめちゃんを雇う!」
(くろじの宣言に)言葉もなく「ヤラレタ!」と、言う顔をする
はつねは如何して其の考えに至らなかったのか直様(すぐさま)、後悔した
「何で?」
「何で、すずめなの?」
「みやちゃんは?(!)」
先を越されて慌てたのか
御令息様である(妄想)白狐を斡旋し始める(笑)はつねだったが
「冗談だろ?」
「狭っ苦しい(サーフショップ)店で男二人なんて穢苦(むさくる)しい」
抑(そもそも)
「御前の顔、見る度(たび)に涙ぐむんだから(すずめは)無理じゃね?」
自身(はつね)の思惑を見透かされた上
然う一蹴されてぐうの音も出ない、はつねは項垂れる
其(はつね)の頭頂部をぽんぽん叩く、くろじが御機嫌で慰める
「まあまあ」
「物(御令息様)も使いよう、って言うしな」
其(物)れは
役に立ったり
役に立たなかったりする物(御令息様)なのだろうか?
否否(いやいや)、知らねえし(笑)
然うして
居間机に置かれていた
封の開いた、はつねの缶 麦酒(ビール)を手に取ると一気に煽る
本日、二度目の「かぁー!」を発する
くろじの隙を突くはつねが其 (くろじ)の両 顳顬(こめかみ)を拳骨(げんこつ)で挟み込む
「分かってると思うけど、」
にっこり笑った瞬間
「すずめに迷惑掛けたら承知しないから!」
強烈な「ウメボシ」を御見舞いした