赤い糸 青い糸
「なによ。みさきちゃんこそ!」
「い〜〜だ」
わたしたちがけんかしたのは、家庭科の時間にだれかが、赤い糸を薬指に巻いて言ったことがきっかけだった。
「ねえねえ、知ってる? 結婚する人とは薬指が赤い糸でつながっているんだって」
その時はみんなが話に乗ってきて、クラスのだれとだれがつながっているのかしら、なんて、けっこうはしゃいでいたの。
「わたしは青い色が好きなのにな〜」
って、けいこちゃんがいったときまでは。ところが、けいこちゃんは調子に乗って、
「わたしのは、佑太くんとつながってるわ」
って言いだしたものだから、もうたいへん。
だって、佑太君はクラスで一番の人気者だし、ほかのクラスの女の子にだってファンがいる。そうよ。わたしだって。
けいこちゃんは帰り道でも、ずうっとその話ばかりしていたので、頭に来たわたしはつい、どなっちゃった。
「そんなこと、あるわけないじゃない」
そしたら、けいこちゃんたら、
「なによ。みさきちゃんてば、佑太君がわたしにだけシールをくれたから、ひがんでるんでしょ」
ですって。失礼しちゃう。シールは無理矢理もらったくせに。
それから交差点でわかれるまで、悪口のいいあいになった。
あ〜あ、女の友情なんて、はかないなあ。
次の日、わたしたちがけんかしたことを知ったみんなは、わたしに味方して、けいこちゃんを遠巻きにしはじめた。
なんだか、いじめているみたいでいやな気分だけど、なかなおりのきっかけがなかなかみつからない。
とうとう今日で三日目。
当番のわたしは日誌を職員室に届けてから、ランドセルをとりに教室にもどった。
だれもいないと思っていたら、窓ぎわの席に、けいこちゃんがひとりぽっちで座っている。ちょっとどきんとした。
もしかして、待っててくれたの?
下を向いて何かやっていたけいこちゃんは、ちらっとわたしのほうをみたけど、すぐに視線をそらした。
そばに行ってみると、けいこちゃんはあやとりをしている。
(いっしょに帰ろう)
ことばがのどの奥にひっかかってでてこない。
けいこちゃんはあやとりがとっても上手で、お母さんからもらった青い毛糸で、いつもいろんなものをつくって見せてくれた。
ほうきや橋、かめ。むずかしいちょうちょ……。まるで魔法の指をもっているみたいに。
そのうち、けいこちゃんは一人あやとりをはじめた。
親指と人差し指で『川』を作ったら、二人でできる。その時がなかなおりのチャンスかもしれない。
『川』ができたとき、わたしは急いで手を伸ばし、小指を糸に引っかけた。
「なによ。じゃましないで」
「だって、ふたりでできるじゃん」
「いいの! ひとりでやりたいんだから」
けいこちゃんが無理矢理ひっぱったら、糸がからまってほどけなくなった。
「けいこちゃんのわからずや」
「なによ。みさきちゃんこそ」
しばらくにらみあっていたけど、からまった糸が指に食い込んで痛くなった。
切ったら、けいこちゃんおこるかな?
でも、がまんしきれなくなって、はさみで糸を切った。ふたりの小指には、くっきりとあとがついている。
「見えない糸でつながっているみたい」
手をかざしてわたしが言ったら、けいこちゃんもうなずいた。
それから、けいこちゃんは唇だけ動かして、何か言った。
それが「ごめんね」っていうふうに思えたから、照れくさいので、はぐらかした。
「ねえ、結婚する人と赤い糸でつながっているのなら、友だちの糸は何色だと思う?」
けいこちゃんはちょっと考えて言った。
「わたしは青がいいな」
「うん。けいこちゃんの好きな色だもんね」
わたしは、切った糸をもう一度固く結び直してけいこちゃんにわたした。
「ありがとう」
こぶがいくつもくっついて不格好になったあやとり糸だけど、けいこちゃんはすぐに指を通して何かを作り始めた。
それをみながら、わたしは、好きな色でつながった友だちの糸は、このままずうっと切れないでほしいと思った。