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桐生甘太郎
桐生甘太郎
novelistID. 68250
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六人の住人【完結】

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「その、お友達が亡くなったという知らせを電話で聞いた時、あなたはどう思いましたか?どう感じましたか?」

その問いかけはおよそ20回目ほどで、23歳の頃、友人が自殺した事のトラウマの処理は、もう4週目だ。だんだんと解けてきている。

時子は最近、腰痛を訴えなくなってきた。カウンセラー曰く、「トラウマによるストレスは神経に溜まります。凝り固まれば、腰痛にもなるんですよ」との事だ。


時子はベッドに横になり、カウンセラーが「神経の集中している場所」にそれぞれ順番に触れていきながら、友人の事を何度も思い出す。

そして、今の自分に気持ちが戻るまでカウンセラーと話をし、そしてまた、友人の事を思い出す。

辛い記憶を何度も思い出すのはくたびれるが、そうやって「過去」と「今」の間を反復する事で、「ああ、あれはもう過去の事なんだな」と身体の認識が正されて、精神も楽になるらしい。


「それにしても、すごく時間が掛かるんですね、トラウマの処理って…」

時子がため息混じりにそう言う。

「ええ。「死」という物は動物は一番恐れる物ですから。時間は掛かりますよ」

カウンセラーが励ますように答えると、時子はカウンセラーを見て、こう言った。

「そうですね。というか、死しか恐れる物なんてないんじゃないですか?」

「そうですか?「誰にどう見られているか分からない」とか、「誰かに攻撃されたらどうしよう」と怖がる人もいますよ」

俺もカウンセラーがこう言った時に、一般常識としてなんとなく同意した。でも、時子はこう返したのだ。

「先生が今言ったような事、「死」以外の事は、「死」が起きなければ拭えますから。死んだらすべて取り返しがつかなくなるんです。それを、友達の死で、私は学んだんです…」


この子は、途方もない勇気を隠し持っている。「死ななければまたすべてを取り返せる」なんて、よほど勇気のある人間しか言えない。

今はまだ人に怯えて暮らしているが、トラウマからすべて放たれれば、この子は見違えるほど強い人間になるだろう。



猫についての話に移る前に、報告する事がある。

俺とこの子は、ツイッターの同じアカウントを使い、互いにメッセージを交わしあっていた。フォロワーからしたら何をしているのかよく分からないかもしれないが、個人のアカウントなんだし、大目に見てもらっている。

それで、どうかすると俺が残したツイートにこの子は大混乱する事が多かった。

だが、ある日急に、「もう戸惑っていても良くならないから、全員を紹介します」と時子は言い出した。

そして俺達全員の名前と、性別、年齢、大まかな性格などを書き出し、ツイートボタンを押した。

それからその後で、時子は叔母にメールをした。その内容は大体こんな物だ。


「別人格達に怯えてるだけでも何も変わらないし、ある程度責任を持とうと思う」

「これからは、目が覚めてから別人格が何かをやらかした痕跡が残っていたら片付けるし、誰かが別人格について聞きたがったら、知っている限りで説明する事にした」

「今までは五樹さんが代表だったけど、今度から私になる!帳簿や業務報告書は読めない(別人格の動きは知らない)から、そういうのは秘書として、五樹さんにやってもらう!」

と、こんな所だ。どうやら俺は現状を記録したり報告した方が良くて、それを元に、この子は俺達を取りまとめようと思ってくれたらしい。

「秘書」だの「取締役」だのと表現が堅いのがどこか笑いを誘うし、そもそも今まで俺を代表と思っていたのはちょっと違う気がするが、まあいい。

この子が俺達への警戒心を解こうとしてくれて、俺は嬉しい。それもカウンセリングで心が解れてきたからなのだろう。



それでは、ここ数週間の猫についての話をしよう。

カウンセラーからは「胎児の頃の動物的な人格も、だんだん言語を覚えます」と言われたが、猫が喋るようになった。

猫とは言っても、それは俺達が内心に引きこもっている時の、イメージとしての姿だ。

猫が表に出てきて、小さく鳴き続けていた時の姿は、時子の夫曰く、「胎児としか見えなかった」らしい。

そんな猫が初めて口を開いた時、猫はこう言った。

「あの子はどこへ行ったの?僕、探しに行かなくちゃ…」

「あの子」とは、多分亡くなった双子の片割れの話だろう。

「ねえ、あの子はどこ?」

その時そう聞かれていた時子の夫は、その問いに答えを与えてやる事は出来なかった。「死んでしまったんだよ」なんて、言える訳がないだろう。

ここ数日猫は表に現れていないが、時子が目覚めるため俺が部屋に帰った時も、俺が表に出る前に部屋で目覚めた時もちゃんと俺の部屋にいて、俺の手に頭をすりつけてくる。

ただ、俺の部屋の中では、猫は喋らず、ただ「にゃー」と鳴くだけだ。何度も鳴くので仕方なく撫でてやり、一緒の布団に包まり、灯りを消して目を閉じる。


猫が初めて口を開いてから2週間ほど経ったある日、俺が時子と交代して、部屋に戻ると、猫はシャム猫になっていた。

他の人格は固定の姿をしているが、俺と猫は、内心でのイメージが変わりやすいらしい。猫は時々黒猫だし、茶さびだったり、白猫だったりする。

その日も猫は喋らずに、「にゃー」と鳴いて俺を迎えた。

言葉を覚えたはずの猫が進んで喋りたがらないのは、やっぱりまだ喋る事に慣れていないのだろうと思ったが、俺は聞いてみた。

「なあ、お前、なんで何も話さないんだ?」

すると猫はまた寂しそうに肩を縮めて、しょげてしまった。そしてこう言う。

「あの子、いないの」

それは本当に寂しそうに見える。

「そうだな、いないな」

俺がそう返すと、猫はもう一度繰り返す。

「あの子、いないの」

猫がそう言う度、俺の目に涙が溢れた。でもそれは、またもや俺の悲しみではなかった。

「よしよし。もう寝よう。ご本人様が起きるぞ」

「にゃあ」

俺は猫を隣に寝かせて、布団を掛けてやる。すると猫は嬉しそうにする。でも、その目は何も見ていない。なんとなく、そんな気がした。





作品名:六人の住人【完結】 作家名:桐生甘太郎