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桐生甘太郎
桐生甘太郎
novelistID. 68250
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愛しの幽霊さま(11)~(14)

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私が帰ろうとして会社の玄関口から出ると、少し離れた植え込みを囲うコンクリートの土台に、背の高いスーツ姿の誰かが、背中を丸めて座り込んでいるのが見えた。

昼間見たのと、同じ色のスーツ姿。私の心臓がずきりと痛む。あんまり嬉しいから、胸が痛んだ。





「ここに居れば、会えると思って」

私が時彦さんの前に出た時、彼は真っ先にそう言った。そして、嬉しそうに笑う。

「ずっと、ここにいたんですか…?」

「まさか。契約を取ってから一度社に戻って、それから取って返したよ。今日中にあと一件行きたいところがあったからってね。つまり、ズル休みだ」

「え!あの部長から契約、取ったんですか!?」

私は信じられなかった。今までへそ曲がりの部長に追い返されてすごすごと引き下がった営業の人なんて、いくらでも見たからだ。

すると時彦さんは、「意外と僕は成績が良い方なんだ」と言って笑った。

「そうなんだ。すごい…」

「もう帰るでしょう。途中まで送るよ」

そう言われて、私はふるふると首を横に振った。

「時彦さんが良ければ、私、お話したいんです」

私がそう言うと時彦さんはすぐに「わかった。じゃあごはんでも行こう」と言ってくれた。







「私…あのあとちょっと落ち込んで…でも、時彦さんは誠実な人だからああ言ったんだと思うと…やっぱり…」

目の前に居る時彦さんは、ちょっと恥ずかしそうに肩を揺らした。

私たちは、二人の間にもう何かの了解があるかのように、柔らかな思い出話をしていた。

「もちろん、あの頃はね。大人なら、当たり前のことだよ」

「そうかな」

「それに、茶々丸の恩人だもの」

「そっか…」

私はずっと、新しい一言を言うタイミングを探していた。でも、なかなか掴めないままで夜は過ぎていく。

舞依のこと、私の家族のこと、あの頃の私たちの生活のこと…たくさん喋ったけど、決定的な一言は言えないまま夜の11時を過ぎて、私たちはレストランから掃き出される。

「そういえば、時彦さんに会ったあと、舞依が、「あの人いい人だね」って言ってて…」

「へえ、ありがたい」

ぽつりぽつりと、もう飽きたはずの思い出話をしながら、私たちはその近くの地下鉄駅までを歩いていた。


どうしよう。早く言わなくちゃ。

すると、私の少し前を歩いていた時彦さんがくるりと振り向いて、こう言う。


「雪乃ちゃん、会えて、本当に良かった」


“私もです”、そう言おうと思ったけど、もう目の前にメトロの水色の看板が見えているのに、そんな悠長な真似はしていられなかった。

「時彦さん…今、お付き合いしている人、いますか…?」


怖かった。こんなに素敵な人に、女の人が寄ってこないはずないから。


すると時彦さんは苦笑する。

「残念ながら…」

「えっ…」

「いないんだ、ずっとね」


私はもう、我慢していられなかった。ずっとずっと心のどこかで待ち続けていた彼に向かって駆け寄って、抱きついて泣きついた。


「よしよし、いいこ。雪乃ちゃん」

「時彦さん、時彦さん、時彦さん…」



私は結局、彼の腕に抱かれて名前を呼び続けることしかできなかった。「好きです」なんて言えなくて、でも、あの頃のように私を撫でてくれる時彦さんの手のひらは、今度こそあたたかく私を包んでくれた。




私の恋は、もう一度始まった。今度こそ。



「時彦さん」

「なあに?」









End.