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亨利(ヘンリー)
亨利(ヘンリー)
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ここに来た22 台中

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22 台中(台湾)



慣れた出張。よく行く顧客の会社は、台湾島のあちこちにあるが、この街に滞在したのは、あの一度だけ。しかし、めったにない経験だった。

確か滞在日数は一週間ほど。休みの土日を挟んでいたが、一人で観光するには、ヒマな街だ。
自然科学博物館で熱帯温室、水族館を見学したり、大きな公園をぶらぶらして、写真撮影しているウェディングドレスのモデルと遭遇しても、別にどうってことない。
曇り空の合間に、日向ぼっこで時間を潰しながら、街ブラをして有名どころの巨大な金色の大黒様を見に行ったが、その寺はどう見ても観光客相手に整備されたようなものではなく、一人で写真を撮ってると、ちょっと気まずい雰囲気。
駅前の電気街は、ミニ秋葉原。よく目に付くのは、海賊版DVDと、中古パーツ屋さん。特に買いたい物などない。
お土産には、名物を買うことが多いが、『老婆餅』というお菓子が有名と聞いていた。
確かに街でよく専売店(日本で言う専門店)を見かける。
試しに一つ買って、どんなものか? うーむ、カスカス・・・お土産に買うのはやめておいた。

仕事の方はと言うと、それは順調。夜は現地スタッフと食事したりして、それなりに楽しかったけど、ちょっと退屈な出張だと感じていた。
でも帰国を前に、その緩さは一変した。

台湾名物と言えば、これがある。猛烈な台風が迫って来ていたのだ。

日本へのフライトは前日にキャンセルが決定したが、ホテルが満室で延泊できない。
なんとか小さなホテルを予約出来て急遽の移動。翌日だったら台風直撃で外に出られないだろうから、前日のうちに引っ越した。
五つ星ホテルから、二つ星へ。それも仕方ない。
その晩からもの凄い風雨になって来て、窓ガラスが割れないか心配になるほど。
テレビを点けると、花蓮市に上陸した台風は『龍王』と名付けられ、ものすごい勢力で台湾史上最強と言ってる。
明るくなるまで、その中継にくぎ付けになるほど、すさまじい被害の様子が報じられてる。
しかも、移動速度が超遅く、その進路上に台中市があったのだ。

翌朝の目覚めは遅かった。窓の外は暴風雨。でもお腹は空く。
ロビーに出て食堂に行こうとすると、大勢が集まって外の様子を伺っている。
私は食堂に続く通路へ進んだところで、ホテルスタッフに通せんぼされた。
別棟に在った食堂への連絡通路の屋根が、どこかに飛んで行ったそうだ。
じゃ、どうすればいいの? 
風雨が弱くなるのを待って、ロビーの玄関から別棟へ走るしかない。
そこにはホテルが用意したビニール傘が、無残に折れ曲がって置かれている。
それでも頭から傘をかぶってダッシュする強者の後に、私も続いた。
食べ終わって戻る時は、傘なんか無用の長物。皆びしょ濡れで部屋に帰る。

昼ご飯はどうするべきか。ホテルの昼食は付いていない。
飲料水はペットボトル2本貰えるということだが、非常食の配給があるだろうか? まあこんなホテルでは、聞いても無駄だろう。我慢しておくしかない。夜になれば台風も通過して、どこか外に食べに行けるだろう。
と、思っていたら、正午頃、急に雨が止んだ。風も収まっていた。
(ああ。急に速度が上がって、通り過ぎたんだな)
私はそう思って、昼飯を食べに出た。

しかし街中、ものすごい有り様だ。
街路樹の枝が折れて、そこら中に散乱してるし、30センチくらいの幹ごと折れた樹もある。
スクーターが何台も風に飛ばされて、横倒しの状態で車道を覆い尽くしてる。
マイクロバスまで横転してる。
でも当然、こんな道路に車は走れない。車道の真ん中の障害物を縫うようにして歩いていく。
運良くホテルから10分ほど歩いたところに『新光三越デパート』を見付け、ここのフードコートで食事しようと入った。
でも開店休業状態。フードコートの屋台はほとんど閉まってる。
なんとか、粗食を腹に入れて考えた。
(これでは、夜もやってる店はないかも知れない)
で、夜食も兼ねてお菓子を大量に買って帰ることにした。
地下の食品売り場へ行くと、お菓子はもちろん。ラッキーなことにお弁当も売っているではないか。
私はそれらを買い込んで、デパートを出ようとして絶句した。
さっきまで晴れ始めてた天気は一転。また暴風雨になりかけてる。

台風の目。

そうだったのか。今までの人生で、台風の目など経験なかったが、本当に暴風雨が嘘のように止む瞬間があるんだな。

あとはホテルまでずぶ濡れダッシュだ。