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桐生甘太郎
桐生甘太郎
novelistID. 68250
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愛しの幽霊さま(1)〜(5)

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舞依と別れての帰り道、私は家まで走るローカル線のホームへと向かった。

ホームは階段の下り口からもう割と混雑していて、歩きにくかった。

めずらしいなあ、こんなに混むなんて。やっぱり夕方だからかな。

私は自分の降りる駅で出口が近い乗車口を選んで、黄色い線の内側に立ち、スマートフォンを取り出す。

5分くらいは待たないといけないかな。

振り返った電光掲示板は、そのくらいの列車到着時刻を示していた。

そう思って私がスマホに目を戻した時。


不意に、私の体はがくんっと前に揺らめいた。


その時、確かに誰かが私の背中を押した。


でもそんなことは考えていられない。私は自分の体がホームの下に落っこちるのを止めたくても止められず、恐怖で声も出ないまま、ついにレールの上に身を投げだしてしまうところだった。

でも、また急に体がぐいっと強い力に引っ張られ、今度は後ろに飛んでいく。

「きゃあっ!?」

やっとその時に叫べた。そして気がついた時には、私はホームに立っている自動販売機に背中をくっつけて、元のように何事もなく立っていたのだ。


えっ…ええ〜!?何!?今の!!何が起きたの!?


慌てて周りを見渡したけど、私の周りに居た人たちは、怪訝そうな険しい顔つきで私を見つめて身を引いていて、結局誰も何が起きたかわからなかったみたいだった。

私の背を押した人も、私の体を思い切り引き戻した人も、私は見つけることができないまま、ずっと震え続ける心臓を抱えて家に帰った。





家に着いた時、また時彦さんが「おかえり」と出迎えてくれた。

私はそれで、自分の身に起きたわけのわからないことへの怖さがなくなって、体が軽くなってほぐれる気がした。そのせいか、緊張させ続けていた体の疲れもちょっとわかった。

なんだか、涙が出そう。

そんなふうに心底ほっとして、「ただいま」と言えた。


でもなんとなく、時彦さんには駅で起きたことを話せなかった。だって、そんなこと言い出したら心配させるかもしれないし、それに、そんなふうに頼るような関係じゃないかもしれないと思ってしまったから。





その晩、私は大好きなミートソーススパゲティを食べた。この頃には、食事時にも時彦さんは話に付き合ったりしてくれていた。

「おいしそうに食べるね」

「おいしいです!」

私の目の前で時彦さんは頬杖をついて、私の食べる様子を見ている。

私がある日、「時彦さんはもうお食事できないのに、なんだか楽しそうにしててすみません」と言ったら、時彦さんは悲しそうな顔をして、「君の楽しみを大切にしてくれた方が嬉しい」と言ってくれた。

それから私は、時彦さんの前でも「おいしい」と言えるようになった。


「それにしても、今日はひどい目に遭ったね」

「え?」

私がフォークに巻き付けたスパゲッティを口に入れるのをためらうと、時彦さんはちょっと真剣な顔をして、私を強く見つめた。

「電車のホームでさ。僕が戻さなかったら、危なかった。よかったよ、引き戻すことができて…」

そう言って時彦さんは、思い悩むように、頬杖をついた両手の中に顔を埋めてしまった。


えっ…じゃああの時私、時彦さんに助けられたってこと!?

時彦さんは、今も私の身に起こったことに動揺しているような様子だった。でも私は、彼が助けてくれたんだと思うと、どうしても嬉しくなってしまう気持ちを止められなかった。

でも、やっぱり良くない。時彦さんが心配してるのに。


「ごめんなさい、時彦さん。でも、心配して助けてくれたの、とっても嬉しいです…」

私がそう言うと、時彦さんは顔を持ち上げる。

「もちろん助けるよ」

そう言ってくれるのも、とても嬉しかった。時彦さんが私のことを、もしかしたら妹みたいにしか見てなくても。

でも、次の一言で私は驚愕する。


「君、守護霊もいないし…」


え、今、なんて?


「守護霊…私、いないんですか…?ていうか、守護霊って誰でもいるものなの…?」

「大体誰でも?かな?僕の見た限りだと…。僕もまだ幽霊になって日が浅いみたいで、なんで雪乃ちゃんにはいないのかとかは、知らないけど…」

時彦さんは途中途中で首を傾げながらも、そう話した。

あ、そうなんだ…。


私はあんまりびっくりしてしまったし、なんの知識もない私が何かを言うこともできないので、「そうなんですかぁ」と、適当な相槌を打つことしかできなかった。


その時の私は、本当に大事な、とても大事なことを見落としていた。








第6話以降へ続きます