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亨利(ヘンリー)
亨利(ヘンリー)
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論破(おしゃべりさんのひとり言 その52)

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論破



知り合いの言葉で、すごく気になって、何とも言えない苛立ちを感じた。

「論破してやった」

彼はそう言った。
だけど誰を何の話題で「論破」したのかというと、
「宗教を紹介されたから、そいつの頭がおかしいだけだろと言ってやった・・・」

この会話のどこに苛立ったかって言うと、論破したと言う彼自体、そうそう尊敬できる人物じゃない。
その彼が人を見下したように、自慢しているのが苛立たしかったわけでもない。

そもそも「論破」って言葉がネットにあふれ出して久しい。
それは、論理で相手を圧倒するような意味だろうか。
そういうことが出来ると格好いいと思ってる人が多いのかもしれないけど、暴言で相手をねじ伏せるのと、論理的に説明して納得させるのとは全く違う。
相当な知識や経験がないと、なかなか出来ないことだと思う。


僕はあまり馴染みがなかったですけど、皆さんは「ディベート」って言葉を知ってましたか?
僕らが子供のころには聞いた事ないですけど、最近は中学校でもこのディベート授業ってやってるみたいですね。
提示した主題について肯定側・否定側に分かれて討議するというもの。
まさしく「論破」するにふさわしい対決。

この授業の経験のある子は、論理的に会話をして、相手の意見を聞きつつ、その主張の不合理を見付けて攻め込む。
一種のゲーム感覚で会話ができる、素晴らしい教育方法だと思います。
更に肯定派が否定派に回って、逆の立場で論じてみたり、お互いに妥協点を見出すルールにしてみたりと、思考力の幅を調整できるんです。

大人になった時に、交渉術とか、説得とか、はたまた紛争時の仲裁であったり、冷静な判断が求められる知的な会話に活かせますよね。
「論破」って言うのは、こういう人が使うべき言葉だと思うんです。

例えば、「東京ー大阪間の移動に、新幹線を使うべきか飛行機を使うべきか」
料金や人数、手荷物の量とか地理的な問題を考慮しつつ、最良の判断を下すとすれば・・・。
普段新幹線をよく使う人だと、駅弁に拘りを持ってたり、それに対して飛行機によく乗る人は、空港ラウンジの利用価値を論じる。
普段知らなかったことを相手に説かれつつ、自分の主張を押し通すことが段々難しくなって行き、それぞれに妥協点を見付け出す。
また、飛行機好きな人と苦手な人で論じると、永遠に平行線だったりしますよね。どちらかが折れるまで。
その時に論理的判断力や、思いやりがあれば、無理強いはしない。「じゃ、無理に飛行機に乗らず、新幹線が無難ですね」とか「飛行機に慣れるように努力してみるか」って言う妥協案も有りでしょ。

様々なパターンで結果がどう変わるかが見ものなんだ。
つまり、結果なんてのは世の中にはいくらでもあって、それを互いに納得のいく状態に持って行けるかって技術が重要。
「論破」なんてのは相手を打ち負かすという意味で、あまりよろしくないんじゃないですか?

冒頭の彼、きっと相手の話なんか全く聞かずに、持論を主張して、貶しまくったと想像が付く。
その内、相手も説明を諦めて、会話をやめてしまう。
この状態になったことを「論破してやった」って言ってるだけだろう。

そんな奴は、ロンパールーム(子供の遊び部屋)へでも行け。


     つづく