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未来

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発着場で待っていると、バスが空中からやってきた。そういう移動のしかただから、車輪なんてやっぱり無かった。
 加えて、恐るべきことに、運転席も空いていた。
 あたかも未来からやってきたバスのようだったが、今回私一名しか参加していないらしいツアーのその若い女性添乗員は、穏やかに私に説明した。
「こちらのバスも、私と同じく足が無いんですね。足というかタイヤが、ですが。はい、こちらは、三十年前に廃車されたバスの霊になります。まだまだ活躍せねばならなかったのに、という、バス自身の尊い使命感が運転してくれております」
 全くだ。見た目はオンボロの、錆びたり禿げたりし、何枚かの窓も割れているバスなのだ。そういう外観をしている古いバスの機能がたまたま、私たちが思い描く未来のそれと一致していただけだった。
 私のそばには立て札があって、それには「臨死体験ツアーご参加者様はこちら」と書かれていたが、それはもはや疑いがたいものであった。
「それではどうぞ、お乗り下さいませ」
 私は、私にはまだあるらしい足を、低床バスよりも更に乗っけやすいそれに乗せた。

 バスが空中を滑っていく。懸垂式モノレールと似ているかもしれない。
 女性添乗員が言う。
「このたびは臨死体験ツアーへのご参加、まことにありがとうございます。私は添乗員ですので、お困りごとなどあれば気軽にお申し付け下さい。ツアーがつつがなく進行できるよう頑張りますので、本日はよろしくお願い致します」
 頑張ると言っているが、ツアーの進行以前に彼女の健康が心配されるような、やつれた女性だ。透き通るような白い肌というが、彼女の場合、存在が本当にやや透き通っているような気がしないでもない。
 その後彼女はこの日の行程、時間厳守などのルールを説明した。また、運転手の紹介として、彼女は改めてこう述べた。
「本日安全運転をして下さるのは、既にお伝えさせていただいたとおり、このバス自身です。だいたい『この世』には、バスのアクセルを踏める者がおりません」
 もっともだ。ブレーキには言及がされなかったが、同じなのは言うまでも無いだろう。
 ちなみに彼女の話によれば、「生前」運転手だった人が失業して困るのみならず、フットセラピスト等も困るそうだ。
 「この世」には靴も靴下も無く、靴職人等も困るらしい。
 車窓から見渡すと、道路はほぼ無い。あちらこちらに住人が漂っているのが見えるのだから、それはそうなのだろう。
 ほどなく大きな川――「生前」の世界では、いわゆる一級河川と呼ばれるべき――に差しかかると、添乗員は手を向けて説明した。
「あちらに見えます大きな橋は、橋の霊になります。戦前に造られた片側一車線のもので、その後隣に片側四車線の橋が造られてもなお併用されたのですが、南日本大震災で半壊した後取り壊されまして、『この世』に移って参りました。ご覧のとおり、橋脚は一本もございません。このバスと同じく、気持ちで頑張っているんですね」
 私は、「この世」のムカデは知能が退化していそうだ、などと思いながら、流れるその風景を眺め続けた。

 そうこうするうちに、バスはドーム球場に着いた。
 女性添乗員によれば、「この世」ではやはりサッカー選手や監督は失業して絶望し、野球が盛んであるとのこと。
 憧れのサッカー部に入らず卓球部に入った私は小さなリベンジを果たした気がしたが、ところで場内のスクリーンに映される選手たちの堂々たるオーラを見て、一転私は劣敗感を覚えた。
 添乗員の彼女は本当にか細く、観客の多くも同じようなものなのだが、選手たちは違っていた。
 そう、これはパラリンピックの選手の風格に似ている。足があるとか無いとか、自由だとか不自由だとかではないのだ。
 幽霊は顔色が悪いイメージがあるが、足が無いことから諦めが入ったか何かで、有酸素運動をしない者が多いせいなのだろう。
 これは、私が臨死体験しなければ確認できない知見だった。

 「この世」の住人が漂いながら、漂う犬――やはり一本の足も無い――を連れ歩く横を通り過ぎて、バスは今度は国会議事堂に着いた。
 女性添乗員によれば、足への未練は大昔から否定されていて、サンタクロースもプレゼントを手袋に入れるのが当然だとのこと。
 しかし目下の政権与党は進歩的で、足への愛情を立法で肯定しようとしており、国会が紛糾しているのだそうだ。
「どちらが保守でどちらが革新なのか、よく判らないですね」
 私がつぶやくと、彼女は言った。
「足なんて飾りです。偉い人にはそれが解らないんですよ」
 女性添乗員は私の反応をうかがってきたが、私は苦笑するしか無かった。

「本日はお疲れ様でした」
 西日が差し込む車内で、添乗員が言う。
 バイタリティの無さそうな彼女が「つつがなく進行できるよう頑張」ってくれたツアーは、おかげでつつがなく終わろうとしていた。
「ほどなく出発地に着きますので、皆様お忘れ物の無きよう荷物をおまとめ願います」
 と、その時であった。
「あっ……あああっ、危ない!」
 側方からバスが来て、どちらも停止しそうにないことに私は思わず大声を上げたが、その直後にすさまじい衝撃が私の全身を強打した。

           *           *

 立て札があって、「臨死体験ツアーご参加者様はこちら」と書かれていた。
 例の女性添乗員がいることにも気づいた。
 私は、私も彼女も無事だったことがうれしくて元気を得て、彼女に話しかけた。
「添乗員さん、お互い大丈夫で本当によかった。それにしても、いったい……」
 すると、彼女は指さした。
「私は添乗員じゃありません。……今回、添乗員はあちらの方のようです」
 振り返ると、彼女が指さした先には、足だけでなく腕も無い女性が微笑んでいた。

(了)
作品名:未来 作家名:Dewdrop