原罪
神様は天地創造をなさった後、土くれから一定の造形を取り出して、命の息をその鼻に吹き込まれました。こうして誕生したのがご存じ、最初の人類であり最初の男性であるアダムです。
そして神様はひとつの園をエデンという土地に設け、そこにアダムを住まわせることにしました。美しい樹々が茂り、美しい水が流れる楽園です。
また、神様は、アダムに向かっておっしゃいました。
「毎日、好きな木の実を好きなだけ摘んで食べなさい」
アダムは大変に喜びました。更に神様は、こうも付け加えられました。
「ただし、この園の中心にある樹の実だけは食べてはならない。食べるとおまえは死んでしまうから、これだけは気を付けるのだぞ」
厳しくもやさしい神様の戒めを、アダムはうなづいて心に留めました。
さて、神様からアダムへの贈り物は、更に続きます。
神様は同伴者をアダムに与えるために、やはり土くれからさまざまな禽獣を取り出して、まずはそれらの名前をアダムに付けさせました。
がしかし、あいにく、その中には満足な同伴者は見つかりません。そこで神様は、眠っているアダムから彼の肋骨を一本抜き取ると、それをイブという女性に成形しました。
彼女は無事に満足な同伴者となり、ふたりは楽園で平和に暮らしました。憂いも苦しみも無く、裸でいることに恥ずかしさも無く、ただ幸せに暮らしていました。
が、しかし、その幸せははかなく終わってしまいました。
ある日、狡猾な蛇――実は、悪魔が変身していた――が、イブに話しかけました。
「知ってますか? 本当は、この園の中心にある樹の実を食べると死ぬ、なんてことは全く無いのです」
純心なイブは驚きました。
「ええっ!? そうなんですか?」
蛇は柔和な口調で続けました。
「ええ、ええ。そうですとも。それどころか、実は逆に、神様と同じぐらいに賢くなれるのです」
神様を尊敬していて、神様の賢さに憧れていたイブは、これは良いことを聞いたと大喜び。ほくそえむ蛇に見送られて、園の中心に行きました。そして誘惑に負けて、ついに禁断の木の実を摘み取って口にしてしまいました。
そしてアダムもまた、一緒にうかされて、その実を口にしてしまったのでした。
……こうしてふたりは、そろって罪を犯してしまいました。
自分たちが裸であることを認識し、それまでは無かった恥ずかしさを認識しました。そして慌てて、イチジクの葉によって恥ずかしさをごまかしました。
さて、そんなふたりのところへ、神様がやってきました。
するとふたりはおののいて、急いで茂みの中へと逃げ込みました。
神様がふたりを呼ぶと、アダムが答えます。
「私たちは裸なのが恥ずかしくて、とても出ていけません」
と、神様は怒気をはらんだ口調でおっしゃいました。
「まさかおまえたち、私の命に背いたのか」
アダムはへどもどしながら、「私はイブにそそのかされたのです」と訴えます。
神様がイブを見やると、イブもへどもどしながら、「私はあの蛇にそそのかされたのです」と訴えます。
この言い訳がましさに神様はほとほと呆れ、ふたりを叱りつけました。
「おまえたちはもう、ここから出ていってもらう!」
イブを見据え、
「おまえは罰として、今後苦しみに悶えながら子を産むのだ」
また、アダムを見据え、
「おまえは罰として、今後一生苦しみに悶えながら働いてようやく食いつなぐのだ」
とおっしゃいました。
また、改めてふたりを見据え、冷たくおっしゃいました。
「そしてふたりとも、罰として、何をどう頑張っても必ず土くれに帰る定めとなった」
もはや明るい表情を失い、もはや裸でもなくなった、神様から渡された僅かな衣類を着たアダムとイブ。
ふたりがよろよろと歩いていくと、向こうから歩いてくる虎に出くわしました。
「アダムさんイブさん、どうなさったのですか」
ふたりの異状を、虎がやさしく気づかいます。
が、憔悴し切ったふたりには、答える余裕もありません。
更にふたりがよろよろと歩いていくと、向こうから歩いてくる象に出くわしました。
「アダムさんイブさん、どうなさったのですか」
ふたりの異状を、象がやさしく気づかいます。
が、やはりふたりには、答える余裕もありません。
更にふたりがよろよろと歩いていくと、向こうから歩いてくる猫に出くわしました。
「アダムさんイブさん、どうなさったニャー」
ふたりの異状を、猫がやさしく気づかいます。
が、やはりふたりには、答える余裕もありません。
心配そうな顔をした猫の前を、振り向きもせず、ふたりが通り過ぎていきます。
「心配だニャー」
と、アダムとイブがものすごい勢いで戻ってきて、ふたりでその黒い猫をめった蹴りにしました。
それ以来黒猫は、受難の相が見られる裸でない人間が向こうから歩いてくると、とてもとても不吉なので、立ち止まるなんて考えずなるべく先にそそくさと行くことにしたのだそうです。
(了)