火曜日の幻想譚 Ⅱ
121.園芸師
いいものを見せてやるというので、久しぶりに桂田の家へと出向くことにした。
桂田は園芸が趣味で、普段、やれあっちへ肥料をまかねばだの、やれこっちへ水をやらねばだのと言って、ひどく付き合いの悪い男で通っている。そのくせ、たまに話をすると、育った草花の自慢しかしないので、寄り付く知己といえばもう既に私だけになっていた。
今回も、文字どおり園芸自慢に花が咲くのだと思うと、少々うんざりしたが、やつにもストレス発散の場が必要なわけで、足が遠のいてもいられない。気の進まぬまま、亡くなった親の遺産で園芸にふける男の住む、周囲を植物でびっしりと囲まれた館の門前に立ったのだった。
「久しぶり。早速だけど見てくれよ」
履物を脱いで上がりかまちをこえると、すぐさまこの言いよう。よっぽど見せたいものがあるに違いない。うんざりが7割、期待が3割でついていくと、奥の間にとおされる。そこにあるのは、緑色でふたのついた、ごみ袋大の奇妙な袋だった。
「ここまでするのに、かなり苦労したんだ」
そう言うと桂田は近くの虫かごを手に取り、その中のこおろぎを数匹、袋に落とした。袋には何やら透明な液体が微量に入っており、落とされたこおろぎはその液体にまみれて、もがきはじめる。
「ネペンテスっていう種類なんだ。日本だと、ウツボカズラという名のほうが有名かもね」
ウツボカズラ━━袋状の捕虫器に虫を誘い込んで、消化してしまう代表的な食虫植物。その存在は私も知っていたが、今、目の前にあるそれは、私が知るウツボカズラとは比較にならぬほど大きかった。
「ここまでするには、並大抵じゃなかったよ。一応、野生では、小動物を消化する程度まで育った実績はあったらしいんだけどね」
桂田が言い終わる頃には、袋の中のこおろぎは既に跡形もなくなっていた。
その日、桂田の家に泊まったのだが、夜半、トイレに行きたくなった。用を足し、手を洗うと、奥の間でゴソゴソと音が聞こえる。直後に明かりが消え、桂田と思しき男がすたすたと立ち去った。
「こんな深夜にまでえさをやってるのか。本当に入れ込んでるんだな」
そうつぶやきながら、奥の間に入って明かりをつけ、何の気なしに袋をのぞきこむ。すると、中には人の左腕が横たわっていた。驚いた私は反射的に明かりを消し、寝室へと逃げ戻る。
そういえば、いつも顔ぐらいは出す細君と娘の和代さんが、全く顔を見せていない。二人とも大黒柱の園芸趣味に反対していたので、愛想を尽かして実家へ帰ったものと思いこんでいたが。
「もしかして……」
先ほどの左腕が脳裏に鮮明によみがえる。あのひじの目立つほくろは細君の腕……。
「そうだよ」
ふいに声がしたと思ったら、いつの間にか桂田が忍び寄ってきていた。
「細切れになった和代のおかげで、あんなに成長したんだ。妻のも今夜、全てを溶かし尽くした。次は男も消化できるか試さなきゃあな」
首が絞まっていく感覚の中で、袋の底の景色はどんなだろうか、そればかりを考えていた。