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長き戦いの果てに…(改訂版)【1】※年齢制限なしver

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3.ローデリヒ



「ルートヴィッヒ、あなた、何を言って──」
 死んでなどいない。その胸に残った大きな傷跡が何よりの証拠ではありませんか。本当に死んで再生したなら、こんな傷跡が残るはずはない。
 ローデリヒはそう言いたかったが極度の不安から言葉が続かず、胸に刻まれた深い傷を確かめるようにそっと指でなぞった。
 横目で見ながら、口元に薄笑いを浮かべたルートヴィッヒはこう答えた。
「お前の言いたい事は分かる。確かにこの肉体は滅んではいない。最後にお前と会った時のままだ」
「も、もちろんですとも……」
 震える唇を動かし、どうにかそう答えたが、お世辞にも気の効いた答えとは言えなかった。
「なぜ俺は生き残ってしまったんだろうな、あの時死ねば良かったんだ、そうすれば──」
 後の言葉は聞き取れなかった。
 聞きたくなかった。彼が何を言おうとしているのか考えたくない。聞いてしまえば何もかも終わる気がした。
 私は何を言えばいい?
どうすれば彼の心をここにつなぎ止める事ができる?
このままではきっとどこか遠いところに行ってしまう──ローデリヒは恐怖で胸がつぶれそうだった。
 震える手で思わず彼を抱きしめると、ルートヴィッヒはそれをどう思ったのか深い溜め息を吐き、また呟くように話し始めた。
「俺は……この先もまた過ちを犯すかもしれない。それが何よりも恐ろしかった。だが誰にも言えなかった。部下の前で指揮官が少しでも迷いを見せたら終わりだ」
 いつも自信に満ち溢れていた彼の瞳は、自分への怒りと焦り、先の見通せない恐怖に滲んで震えていた。
「……こんな事、誰に言える?『死ぬのが怖くなって作戦をしくじりました』だと?……ふざけるな!」
 ルートヴィッヒはベッドに拳を叩きつけた。
「敵を倒し、より多くの部下たちを無事に連れて帰るのが俺の使命だ。だが俺はそれを果たせなかった。そのどちらもだ。助からない者を助けようとした馬鹿で無能な指揮官が、死ななくていい者をむざむざ死なせたんだ!」
 眉間に刻まれた深いしわがさらに深くなる。
 今度は目を彷徨わせることはなく、助けを求めるようにローデリヒの紫の瞳をのぞき込んだ。
「なぜだ!なぜ急に死ぬのが怖くなった?お前と出会う前はそんなことは一度もなかった。どうしてだ?俺はなぜ……もしかして、お前は何か知っているのか?」
 ローデリヒは何も言えなかった。
 自分とて戦いのひとつも知らぬ深窓の姫君ではない。先頭に立って軍を率いたことも一度や二度ではなく彼の気持ちも分からないことはない。
 ふたりのあいだに何か違いがあるとすれば、早い段階で自分は国であると同時に一人の人間でもあることも自覚したことか。同時に物事を割り切って生きていくことも知った。そうしなければ生きてはいけなかった。
 だがルートヴィッヒは今になって突然そのことに気がついてしまった。
私には関係ない、とは言えないだろう。彼を自我に目覚めさせたのは他ならぬ私なだから。
 最初は軽いお遊びのつもりだった。
今どき珍しい素朴な男を自分の色に染めてやるのも一興と手を出した。
始めのうちは、誘っている事すら理解できない無神経さに苛立つこともあったが、一度心を開かせれば、後はもう思いのまま。自分の中に生まれた愛の意味すら理解できず持て余す彼は、何ともかわいらしく新鮮なおもちゃだった。
しょせんは一時の退屈しのぎ。
そう思っていたのに、あろうことか無垢な彼に入れ込んで泥沼にはまったのはローデリヒの方だった。そして彼もその沼に引きずり込んでしまった。
 愛が何かも知らず、自分が「人」であることも知らなかったルートヴィッヒ……彼をこんな風にしたのは私だ。
 それまでルートヴィッヒは部下たちのことを、自分が守る義務がある「国民の一部」という風にしか考えていなかった。
しかし彼らもひとりひとりの人間で、それぞれに愛する人や家族がいるのだと気が付いてしまった時、迷いが生じた。
彼らは「兵士」という名の駒ではなかったのだ。
 だが指揮官にそんな迷いは許されない。上官の迷いは部隊を簡単に全滅に導く。
 今回は何とか動揺を押し隠し、最終的に勝利をおさめて帰国を果たした。損害も軍としては許容範囲内で問題になるようなことも特になかった。
 だが問題はそこではない。
 彼は今後も何事もなかったかのように義務を果たすだろう。だが一度生じた迷いはそう簡単に心の中から消せない。心を殺して任務を果たそうとすれば、義務感と心は次第に油の切れた歯車のように軋り、やがて彼は壊れてしまうだろう。
 しょせん他人事と見てみぬふりをすることもできたが、ローデリヒにはどうしてもできなかった。
彼は今や自分の命よりも大切な存在だ。今更見捨てることなどできない。ローデリヒは怒りを覚えた。それは理不尽な怒りだった。
遅かれ早かれ誰しも通る道なのに、なぜ今なのか、なぜ私なのか、なぜ神は私にそんな役目を負わせるのか──!
答えはないと分かっていても、問わずにはいられなかった。

 ルートヴィッヒは黙って大きな背中を丸め、短く切り揃えた金の髪を両手でかきむしり、顔を覆って喉の奥から絞り出すような呻きをもらして肩を震わせていた。彼を知る者にとって、にわかには信じがたい姿だ。
ローデリヒはこれまで一度も彼のそんなところを見たことがなかった。
 明るく華やかで、夜の闇を照らす月の様な自分とは対照的な姿。自信にあふれ堂々と振る舞う姿は眩しくすら見えた。時にはそれが図々しく疎ましいと思えることがなくもなかったが、ローデリヒにとっては太陽神のようにまぶしく輝かしい存在だった。そんな彼が無防備な姿を晒している……ローデリヒは更に複雑な気持ちになった。
 誰よりも愛し尊敬している彼がこんな姿を晒すことが許せないと感じる一方で、普段は想像もつかない見苦しい姿を自分だけが目にしている。
 目が眩むような優越感、満足感。この人の心を粉々に打ち砕いて思うさま弄び、永久に独り締めしたい──そんな悪魔の囁きさえ心の中を掠める。
 だが……ローデリヒは誘惑を振り払い決断した。彼の為に出来ることならどんなことでもやる。たとえ疎まれ憎まれても。
彼をこの世界につなぎ止めることができるのは自分しかいない。
「辛かったんですね、ルート……かわいそうに」
 思わず口をついて出た言葉だったが、瞬間的に激烈な反応が返ってきた。
「やめろっ!同情なんかするな、お前に何が分かる!そんなことの為に話したんじゃない!」
「ではどうして──」
「どうして……だと?」
 怒りで顔を赤く染めたルートヴィッヒは子供のようにそっぽを向き、戸惑ったように呟いた。
「それは……」
 本当は誰にも話すつもりなどなかった。こんな事ぐらい平気だし、一人で解決できると思っていた。なのにどうして話してしまったのか……
 自分でも分からなかった。
弱音を吐くつもりなどなかった。ローデリヒの前でも、これまで通り完璧な軍人として、男として振る舞うつもりだったし、そうできると思っていたのだ。だが、ひとたび触れたらもう我慢できなくなった。
 ローデリヒと二人きりでいると、胸の奥深くに閉じ込めていたものが一度に溶けて流れ出してしまったような気がした。