僕って閉所恐怖症(おしゃべりさんのひとり言 その47)
僕って閉所恐怖症
ある日、僕は失敗した。
研修目的で建築関係の営業現場に密着していた時期が少しあって、建築現場の手伝いとかもさせられてたんだ。
それはそれでいい経験になって、釘の正しい打ち方や抜き方、ノコの使い方、それに家屋の構造の基礎なんかも習得できた。
結構その現場が好きで、大工さん達とも仲良くなったんで、進んで作業の手伝いもしてたんだ。
改築の作業だと屋根裏や床下に入ったりすることも多くて、年配の大工さんだとつらい作業になるから、よく僕が代わりに入ったりしてた。
そんな場所は汚く狭いイメージだけど、実際には高さはなくても遠くまで見渡せるから、圧迫感はそれほどでもないんです。
僕の身長は180センチだけど、スリムで筋肉も柔らかかったから、すごく狭い隙間からでも入って行けたんだ。
コンクリートブロック1個分の穴からでも、体を柔軟にねじりながら何とか入るのは、他の誰にも出来ない特技になってた。
頭さえ入る隙間なら、息を思い切り吐いて胸部を薄くすれば、猫みたいに通過できたんで、あだ名は「ネコやん」って呼ばれてた。
それで棟梁に頼まれて、床下を匍匐前進しながら電気配線を敷設してたら、太い角材が上下二本、隙間を開けて平行に取り付けてある場所があった。(これは特殊な構造だ)
その向こうに行きたかったけど、一旦外に出て、また反対側から入るのが面倒なので、そのままその20センチほどの隙間を、無理にすり抜けようとしたんだ。
頭が入れば・・・という自信が失敗のもと。
ヘルメットを脱いでもギリギリ、耳がちぎれないかと思うほどの隙間に、頭を横向きにして首まで入った。
さらに進むが、胸がつっかえる。息を最大に吐き出す。これで胸はぺったんこ。そして前進する。
息を吸うと、胸が圧迫されて吸えない。「ふひ、ふひ、ふひ、ふひ」と小刻みに呼吸しないと、窒息する感じ。焦りで心拍数が上がったんだろうか、息が追い付かない。
一旦後戻り、何とか首の部分まで引き返した。でも頭だけ向こう側。
呼吸を整えて、よく考えてみた。進むべきか戻るべきか・・・。
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狭いところが苦手って意味わかります?
窮屈が嫌と言うのとは、また違う感覚なんだと思いますけど、閉じられた空間は嫌いです。
いつもトイレのドアは開けっ放しです。(自宅での話ですよ)
正面のドア閉めると、手が届くくらいの距離の圧迫感には、敏感に拒絶反応が出るんです。
もう少しドアが遠いと、気になりません。
だから公衆トイレの個室は、荷物置きや、ベビーチェアが設置されてるような、少し広めの個室の方を選択します。
車も軽自動車だと息が詰まる気がします。
最近の軽は天井が高く開放感があるけれど、上の広さじゃないんです。
前後左右の圧迫感が許せないんです。トラックの座席に憧れます。
電車に乗る時はどうかって言うと、通勤電車だと窓を背にしたベンチシートでしょ。
普通のお客さんは、空いてる時シートの一番端に座りますよね。
僕は、いつもベンチシートの中央に座ります。左右ともゆったりしてたいんです。
かと言って満員電車では、それほどしんどく感じないんです。
立ってると頭一つ出るから、圧迫感を回避出来てるんでしょうね。
ビジネスホテルの、ベッドしか置けないような部屋は大嫌い。
6畳くらいの部屋が狭くて嫌って言うわけじゃない。
寝転んで天井を見れば、前後左右の壁が一目に入る範囲にあると、穴の底にいるような感じに思えてしまう。
何が原因で狭いところが嫌いになったのかな?
小さい時、押し入れに閉じ込められたとか、車の中に長時間放置されたとか。
よーくよーく考えても、何も思い当たらないんです。トラウマじゃなさそう。
むしろこたつの中に、完全に入って遊ぶの好きだったような気がする。
よく考えたら、キャンプのテントも狭所空間だけど、それはへっちゃら。
二人用の小さいのでも、ストレス感じたことなんかないな。
それは気分的な解放感でそうなのか?
じゃ、キャンプで泊る山小屋みたいなキャビンが、二人用テントくらいの大きさしかなかったら?
それは嫌だ。同じ広さとしても、無茶苦茶圧迫感がある気がする。
どうやら、がっちり固定された中に入るのが怖いみたい。
その恐怖のマックス体験があの床下での出来事。かなり前のことなんだけど。
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(戻ろう)そう考えて、頭を角材から抜こうとすると、耳がひっかかる。
(やばい)無理かと思った後だったので、(頭が抜けないかもしれない)って思いが脳裏をよぎる。
耳を手でつぶして、つっかえないようにして頭を引っ張る。でも真横に寝転ぶような姿勢から、土下座のように膝を突いても、後ろに引く力がうまく伝わらない。
パニック! パニックパニック!! 大パニック!!!
人はパニックになると、こんなになるんだって知った。
論理的には、一度は入ったんだから、抜けるはず、でも狭い場所での不自由な姿勢で、不安の方が暴走すると、栓が壊れたビア樽からビールが噴き出すように、負の感情が湧きたってコントロールできなくなってしまった。
「あーーーーーーーーーあああーーーーあああああああ!!!」
床下から叫ぶ声が聞こえて来て、棟梁が覗き込むと、僕が床材に頭を踏みつぶされたように見えたらしい。
「ネコーーーーー!!!」
大慌てで助けに来てくれたけど、首が挟まれて動けなくなってる知ると、その場で仰向けに寝転んで大笑いされた。
それでも僕は、狂ったように叫び続けていた。(マジで狂ったんだけど)
あの時の感情って何? 胸がずーーーんと重くて、モヤモヤする感じ。
その後、営業車からジャッキを持って来てくれて、隙間を押し広げてくれたら、頭を無理やり引き抜いてしまった。
冷静さなんてかけらもなかったから。もう少し我慢すれば、楽に抜けただろうに。
脱出できたらすぐに冷静になって、直前までの自分が恥ずかしくなってしまったのは、言うまでもない。
人のパニックってこんなになるんだって知って、緊急事態の対応は予め考えとかないといけないなと真剣に思った。
このようになぜか理由は分からないけど、僕は狭いところと言うより、閉塞空間が苦手なんです。
将来、狭い棺桶に入るの嫌だなぁ。
つづく
作品名:僕って閉所恐怖症(おしゃべりさんのひとり言 その47) 作家名:亨利(ヘンリー)