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長き戦いの果てに…(改訂版)【9】

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エピローグ




「……あの時、あなたはもう本当に帰って来ないんじゃないかと思いました」
薄闇の中、ローデリヒはルートヴィッヒの胸で、ぽつりとつぶやいた。
「……」
「天が落ちてくる、というのはああいうのを言うんじゃないかと思いましたよ、ふふ……そんな純粋な気持ちなど、とうの昔に擦り切れてなくなってしまったかと思っていたのに」
ルートヴィッヒの腕が動いて、寄り添うローデリヒの肩をそっと抱き寄せた。
「本当に済まないことをしたと思ってる。謝っても謝りきれない。お前だけじゃなく、兄さんにもほかの皆にも迷惑をかけた。俺はどうすればいい?どうすればお前に……」
「──何も」
ローデリヒは静かに答えた。
「何も要りません。あなたがそこにいる、それだけで充分です。他には何も欲しいものはありません」
「だが、それでは──」
「いいえ、本当に何も要りませんよ。私には償いなんか必要ありません」
 ローデリヒは言葉を切って、ふと思いついたようにこう言った。
「……ですが、そこまでおっしゃるなら、ひとつだけ教えて欲しいことがあります」
「何だ?」
「あの時──あなたに何が起こったのか知りたいのです。あの崖の上で私たちがあなたを見つけた時、あなたに何があったのか──」
さすがにはっきりと口にするのは憚られたのかローデリヒは言葉を濁したが、何が聞きたいのかは分かっていた。
兄のギルベルト、そして己が半身にも等しいローデリヒの声すらも届かなかったあの時、どうしてフェリシアーノだけが彼に近づくことができたのか。
「それは……」
お爺さまが──と言いかけて止めた。
上辺だけの答えを返すのは簡単だが、ローデリヒは納得しないだろう。そんなことにはとうに気づいているはず。
「……分からないんだ、俺にも」
ローデリヒは何も言わなかった。
自分でもあの後、何度も考えた。それでも分からなかった。なぜそれが分からないのかも、今もって謎のままだ。
お爺様の声をヨハンの口から聞いたとき、雷に打たれたように感じた。だがそれだけだ。お爺様は助けてはくれなかった。
今にしてみれば甘えるな、ということだろう。突き放すようなあの言葉が今も耳に残る。
──決めるのはお前だ、と。

「ヨハン……かもしれない」
「えっ?」
ローデリヒが心底驚いたような声を上げた。
かわいがっていた直属の部下といっても所詮はただの人間だ。ただの一国民のどこにそんな力があるというのか、彼の驚きは雄弁にそう物語っていた。
ルートヴィッヒは苦笑して答えた。
「そんなに驚かないでくれ、ローデリヒ。本当にそうだったのか、今でも分からないんだ。だが、あいつは……何て言えばいいんだろうか……ああ、もしかしてフェリシアーノに何かあるかと思ったか?」
「わっ、私は──そんな……っ」
ローデリヒはすねたように顔をそむけた。
「すまない、それこそつまらない冗談だったな」
ルートヴィッヒはあわてて取りなした。
「だがフェリシアーノのあんな必死な顔を見たのは初めてだった。それも自分の事じゃなく、死にかかっているたった一人の人間のためにだ」
ルートヴィッヒの脳裏に、あの時のフェリシアーノの泣きそうな顔が思い浮かんだ。
彼の気持ちには気づいているが、応えることができない以上、期待を持たせることはできない。だからこれまでも、そしてこれからもずっと、気づかないふりを通すつもりだった。フェリシアーノも恐らく分かっているだろうが……
そもそもヨハンにしても、俺にそこまでする義理はない。確かに部下としてかわいがって面倒も見たし、実際に命を救ったこともあるが、上に立つ者として当たり前のことをしただけだ。だがあの時、青白い月の光の下で見た、フェリシアーノの泣きそうな顔がどうしても忘れられない。
いったいどんな気持ちでヨハンを連れてきたのか。
フェリシアーノも優しすぎるんだ、人にばかり気を遣って。もっと兄さんやローデリヒみたいに奔放に──思考がそこに至った時、ルートヴィッヒはふっと自嘲の笑みをもらした。
それも理屈だ。そして全てつまらない建前だ。
人が人を愛し、大切に思うのは理屈じゃない。そのことに国も人も変わりないのだと気づかされた。だから俺はあんな馬鹿な事をした……
ずっと思っていたんだ。人間なんて、どんなに守っても助けても、あっと言う間に死んでしまう。たった一人の人間に、そこまで入れ込む理由がどこにあるのか?
そんな風に言っては不遜というべきだろうか。
国としてはまだ若いルートヴィッヒでさえ、ずいぶん多くの人間たちを見送ってきた。 兄は口癖のように、人間にあまり入れ込むんじゃないと言っていた。
そしてそんなギルベルト自身が「ただの人間」の死に。大きく心を揺さぶられる姿をルートヴィッヒは何度も見てきた。決して涙は見せなかったが、酷く落ち込んでいるのがすぐに分かった。だがあの頃は意味が分からなかった。
口で言ってる事と、やってる事が違うじゃないか、兄さんは何を言ってるんだろうと幼い頃のルートヴィッヒは考えていた。
次第に成長して、人の心について理解が深まり始めると、何となく兄の気持ちが分かるようになって来たが、ただの人間になぜそこまで入れ込むのか、そこはどうしても理解できないでいた。
彼らは自分たち国と違い、生まれたかと思うとあっという間に歳を取っていつの間にかいなくなってしまう。なのにどうして兄さんは、ひとりひとりの人間にあんなにまで深く関わろうとするのか。
国民は我らを形作るもの、国民無くして国家は存在し得ない。だからもちろん大切にする。だがそれ以上でも以下でもない。不遜だがある意味、人間にとっての「家畜」のような存在だと思っていたのかもしれない。
だけど国である自分には、無縁のものだと思っていた死が目の前に迫った時、初めて知った。大切なのは生きる時間の長さではないのだと。


気がつくとローデリヒがじっとこちらを見つめていた。
「何を……考えているんです?」
「人間とは不思議な生き物だな。俺はまだまだ経験が足りないようだ」
「……今頃気づいたんですか、このお馬鹿さんが」
ハハ、と気持ちよさそうに大きな声で笑うとルートヴィッヒは答えた。
「うん、そうだ。だから俺にもっといろんな事を教えてくれないか、ローデリヒ先生」
「何を教えて欲しいのか言ってご覧なさい」
「それを言えって言うのか、俺に?」
「つまらない冗談ですよ、ルート」
「ああ……そうだったな、兄さんにも言われたよ」
「今度こそ……全て終わったんですね、本当に」
ローデリヒが感に堪えないように深々と溜め息をついた。
「そうでなければもう、こんなくだらない話をして笑うことだって出来なかった──」
「もちろんだ。もう二度とこんな思いはさせない、約束する」
「その言葉が聞ければ充分です。私は…もう本当に……帰ってきてくれてよかった、ただそれだけです」
「ああ」
ルートヴィッヒは物思いに耽るかのように気だるげに答えた。
「……この胸の傷がすべての始まりでしたね」
ローデリヒはルートヴィッヒの胸に刻まれた大きな傷跡をそっと指でなぞり、口づけた。
引き攣った大きな傷跡は、この肉体から消えることはないだろう。そこには俺の為に命をかけた人間たちの魂が刻み付けられている。