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はなもあらしも ~颯太編~

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 * * *

 店を出ると、もうすっかり日は暮れて辺りは夜になっていた。

「早く帰らなきゃ」

 少し急ぎ足で日輪道場への道を歩き出す。
 しばらく進むと、ともえは背後に気配を感じた。

 何だろうとピタリと足を止めるとその気配も止まり、歩き出すと気配も動く。
 大きな通りから橋を渡って一本暗い道に入ると、その気配は色濃くなる。ほんの少し嫌な予感がともえの思考をかすめると、途端にその気配は消えたのだった。

 気の所為だったのかと一息吐いて歩き出そうとした瞬間だった。

「きゃあっ!?」

 バキィッ!!
 という渇いた音と同時にともえの足に激痛が走る。くずおれる両膝に、咄嗟にともえは荷物をしっかりと腕に抱き込み、体を反転させて背中から地面へと倒れた。

 ドザアアッッッ!!

 勢い良く倒れたともえは、頭上から振って来た声に我が耳を疑った。

「日輪道場など、無くなってしまえばいいんだ!」
「お前みたいな田舎娘は、田舎道場がお似合いなんだよ!」
「なっ、なんですって!?」

 顔を上げると、路地の脇に立つ男二人がくるりと踵を返し、逃げるように走り去って行った。
 間違いなく笠原道場の門下生だろう。日輪道場の名を口にしていたし、ともえを田舎娘と言い捨てた。
 先日の笠原道場での見覚えはなかったが、若い男なのは間違いない。

「おいっ! ともえ!」

 痛みに耐え、荷物の無事を確認しようと体を起こしかけた所へ、前方から慌てて走り寄る颯太を見つけてともえは脱力する。

「颯太?」
「何なんだ、今のはっ!?」

 そう言ってともえの体を起こすと、直ぐさま男達が消えた路地へと飛び込んだ。

「そっ、颯太っ!?」

 あまりの早さにに止める事ができなかった。

「颯太っ! 颯太あっ!」

 声の限り叫ぶと、暗がりからのっそりと颯太が顔を出す。

「くそっ、逃げられた……」

 そう言う颯太の手には、着物の切れ端が握られていた。

「まさか、本当に追いかけたの?」
「当たり前だろ? 暴漢だぞ!? って、それより本当に大丈夫か? お前の姿を見つけたと思ったら、急にそこの脇から何かが飛び出して来てお前の足に当たったから、びっくりしたんだ」 
「私は何が何だか、急だったから分からなくって」 

 ともえが着物の裾をめくると、左足にくっきりと棒状の痣が浮き上がっていた。

「何だよこれ! すげー腫れてるじゃん! 医者だ、医者行くぞっ!」

 それから颯太は強引にともえの背中に荷物をくくりつけ、おぶったかと思うと走り出した。

「わあっ!?」
「落ちんなよ!」

 どんどんとその足を速める颯太の様子に、ともえは胸が躍る。
 年下でちょっと乱暴な物言いの颯太だが、実に思いやりがあって優しい青年だ。

 そうか、そうなんだ……

 ともえは気付く。自分が颯太を、仲間としてではなく、男性として意識し始めている事に。
 颯太と共に上下する振動は、ともえの高鳴り出した心臓の音をかき消してくれた。そしてほんの少し、颯太の首に回した腕に力を込めた。