大ファン心理
彼女は、宝塚を退団後ドラマで大活躍中の某女優の、それはそれは熱烈なファンだった。その女優のメイクを真似、ファッションを真似、ライフスタイルを真似ようとした。また彼女は、男性の理想像を尋ねられると、かつてその女優が演じた男装キャラクターのことを必ず答えた。
よって彼女は、男性陣から「残念な子」「面倒くさい子」だと思われてしまっていたのだが、彼女のほうは、さして気にしていなかった。彼女は、現実に好きになれる男性がいない――誰もかれも不細工で、汚くて、イヤらしいだけ――ので、自分は同性愛の気があるのかもしれないと思いながら、一人暮らしを続けていた。
という彼女だったので、それまで浮いた噂の一切無かったその女優が突然結婚記者会見を開いた時には、すさまじいショックを受けた。
そしてまた、女優の横に座っていた男の魅力をまるで理解できないことに、なおさらのショックを受けた。
(日本の宝と呼ぶべき才色兼備の女優の伴侶が、この無名の舞台俳優でいいの? こんな、ぱっとしない小物なの?)
「彼の前でだけ、私は自然体でいられるんです」
画面では、女優が嬉しそうに語り続けている。
「はい。再来年の五輪は、居間で一緒に見たいと思います」
それを彼女は、呆然と見つめていた。
* * *
犬の鳴き声が近づいてくる。犬種はチワワか何かだろうか。
諸企業の 2021 年入社式のニュースを読んでいた職員は、来客応対のために席を立った。
依頼者は、赤くなった眼の脇にあだっぽい泣きぼくろを持つ、若い女性だった。
「処分のご希望ですか」
係員の問いに、女性は疲れた声で答えた。
「はい。お互いに仕事が忙しくて生活がすれ違い、話し合った結果です」
(了)