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長き戦いの果てに…(改訂版)【7】

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17.月の光



その時は唐突に訪れた。

俺たちは鬱蒼とした森の暗い坂道を、これでもかというくらいのんびりした速度で移動していた。
坊ちゃんは元々足が遅いし、フェリシアーノちゃんがいるし、俺はヨハンの顔したゲルマンのジジイを背負っていたから、いくら気が急いてもゆっくりしか登れなかったのだ。
坂はどこまでもだらだら続いていた。
いつまで歩けば目的地に着く?どこまで行けばあいつに会えるんだ!
俺はかなり苛立っていた。
フェリシアーノちゃんがいるので、必要以上に怖がらせないよう気を遣っているつもりだったが、気配がダダもれらしく、怯えている気配が伝わって来る。だが分かったところで自分でもどうすることもできない。
ジジイは「このまま進め」というだけで、何もはっきりしたことを言わないからさっぱり分からない。時間がないとか、あれだけ煽っておいてどういうことなのか?
さすがに堪忍袋の緒が切れて、怒鳴りつけてやろうと思った瞬間の事だった。
周囲を覆い尽くしていた木々が忽然と姿を消した。
漂っていたちぎれ雲が消え、月の光が煌々と辺りを照らし出す。そこが終点だった。
小さな広場のようになっているその場所は、どうやら崖の突端らしい。月明かりに照らされた人影がぽつりと見えた。

「ルート……!」
俺が叫ぶよりも先に、坊ちゃんがかすれた声でヤツの名を呼んだ。
何かを恐れるように、小声で何度も名を呼んで、握りしめていたフェリシアーノの手を離して飛び出そうとした。
「来るなッ!」
だが振り返ったルートヴィッヒが鋭く叫ぶと、坊ちゃんはその場に凍り付いた。
「誰もこっちに来るんじゃない!なぜだ、なぜここが分かった?」
眉間のしわはいつにも増して深く刻まれ、青白い月の光を映す瞳は追いつめられた獣のように尖り、不安に揺れている。
姿を消してから今日までいったいどうやって過ごしていたのか。
恐らくは、ろくに風呂にも入ってないんだろう。ちゃんと食べていたのかも疑わしい痛々しい姿だった。
人前に出るときは必ずきっちり整えている絹糸のような金の髪は、今はもつれてぼさぼさの状態で額に垂れ下がっている。頬はこけ、ぎらぎらした目の下には濃い隅を作り、伸ばしっぱなしの髭が頬から顎まで薄汚く覆っていた。
着替えた様子もない薄汚れたシャツの胸元のボタンは、いくつかちぎれてなくなっている。よれよれになったジャケットに、トレンチコートを羽織った姿は、映画に出てくる浮浪者そのものだ。

「──俺だ、ルートヴィッヒ」
その場に居合わせた全員が固唾を飲んで見守る中、ゲルマンの声がうっそりと響いた。
「降ろせ、ギル」
そう命じられ、背負っていたヨハンの肉体を降ろしてやる。しかしその身体はもう立っているのも難しい状態だった。よろめき倒れそうになるのを見たフェリシアーノが、急いで駆け寄った。
「大丈夫?しっかりしてヨハン!」
抱き締めるようにして支えると、肩を貸してどうにか立たせてやる。
ルートヴィッヒがそれを見咎めた。
「お前は……誰だ?その話し方、ヨハンではない。何者だ、なぜヨハンのまねをする?」
ゲルマンはその質問を無視し、黒い目で鋭くルートヴィッヒをにらみつけた。
「俺がここを教えた。こいつは──」
そう言って自分の胸を親指で指す。
「どうしてもお前の所に行くと言って聞かないから連れてきた」
ルートヴィッヒの顔が歪んだ。
「まさか……あなたは、お爺様?何で今頃こんなところに──!そんな……何で、もっと早く……」
その声は強い驚きの後、次第に弱々しくなって、最後は宙に吸い込まれ掻き消えた。
「ルート、あなたを迎えに来たんです」
金縛りに会ったように動けないでいたローデリヒがようやく一歩を踏み出すと、震える声で呼びかけて手を差し伸べた。
「帰りましょう、一緒に」
ローデリヒの言葉は、にべもなく拒絶された。
「ダメだっ、誰も来るんじゃない!もう……できることなんか何もない、今さら何を言ってるんだ!」
ルートヴィッヒは悲鳴のような声を上げ、後ずさりした。
蹴った小石が崖を転げ落ちる音がかすかに聞こえる。立っているのは文字通りの崖っぷちだった。もう後がない。
「待ってくださいルート、何を──!」
「もう遅すぎる!何もかも終わった、お終いなんだ!」
ルートヴィッヒは再びヒステリックに金切り声を上げた。
「待てよヴェスト、落ち着け!話を聞くんだ」
「嫌だっ、聞きたくない!話すことなんか何もないッ!何で…今更…そんな……」
潤んだ瞳が揺れた。涙を見せたくなかったのかルートヴィッヒは顔をそむけ、黙り込んだ。
「ル、ルート……」
ローデリヒは恐る恐る呼びかけながら再度近づこうとしたが、こちらを見ようともしない。取りつく島もなかった。
「来るなッ!誰も近づくんじゃない!」
再びこちらを見た顔は、泣き笑いのような表情を浮かべていた。
「来ないで……お願いだ、もう終わりにしたい──何も、かもだ、もう……俺を、見ないで……頼む、もうこれ以上は──」
「ルート、待って!お願いだから話を聞いてよ!」
ヨハンに肩を貸して身動きできないフェリシアーノは、離れた場所から必死に訴えた。
「俺、お前がいなくなったらどうしたらいいの?お前がいなくなったら、俺、ひとりじゃ生きて行けないよ!」
「フェリシアーノ……!」
その瞬間、ローデリヒが弾かれたように振り返った。紫の瞳が震え、必死で平静を装おうとしているのが分かった。
「あ……お、俺…っ」
いつもは能弁なフェリシアーノが言葉に詰まった。
「…ち、違う……違うよ、だって…ほら、俺んちを助けてくれるのは『ドイツ』だけなんだもん、そうだよ!そのドイツがいなくなったら、誰が『イタリア』を、俺の国民を助けてくれるのさ!」
ルートヴィッヒの表情がふっと緩んだように見えたが、青い瞳はすぐ虚ろになり、下がった眉尻と対象に、口の端が歪んで吊り上った。
「ああ……そのことなら心配は要らない、フェリシアーノ……『ドイツ』ならすぐに戻って来る、俺よりずっと頼り甲斐のある『ドイツ』がな」
ルートヴィッヒの淡々とした言葉に皆、凍り付いた。
「おい、ヴェスト!待て!」
「やめてください、ルート!あなた、自分が何を言ってるか分かっているんですか?」
ギルベルトの叫びに、ローデリヒの悲鳴のような声が重なる。
「……分かっているとも」
ルートヴィッヒは静かに答えた。そこには虚ろな仮面があった。すべての感情を削ぎ落とし、無表情になった薄汚れたマスク。
誰も動けなかった。少しでも動いたら、彼はすぐさま崖から身を躍らせるだろう。
  
どうすればいい?何を言えばいい?何をすればお前を止められる?俺にできることは本当に何もないのか?
ギルベルトは死にもの狂いで考えた。
ローデリヒもフェリシアーノも必死で考えたが、何も思いつかなかった。そもそもの原因は何なのか、そこまで思い詰める何があるのか誰にも理解できない。完全な手詰まりだった。
このままでは俺の弟が、俺の作った国が、俺のライヒが、俺達兄弟の、我らが民の、ゲルマン民族の希望の光が失われてしまう。
新しい『ドイツ』など要らない!お前が必要なんだ、なぜそれが分からない。