家付きホームレス(おしゃべりさんのひとり言 その44)
その彼を最後に見たのは、テレビでだった。警察捜査の特集番組『○×警察24時』みたいなやつに、多分、彼が出ていた。番組では、電車内で盗撮したとして、捜査員に取り囲まれる映像が流れた。顔にはモザイクが入っていても、風貌でなんとなく似ているし、地元に近い駅で、あの内股歩きだと、誰にでも木之元君と判ってしまう。
あの努力家の彼が・・・・・・とても複雑な気分だった。
話は変わるけど、最近会社で連続欠勤のパート女性が一人いる。理由は「保育園に通う娘さんの扁桃腺が腫れて熱が出た」からスタートし、「自分も扁桃腺をやられた」で一週間お休みを取られた。入職してから間がない人だったので(嫌になったかな?)って考えたりも・・・。
そんなこんなで仕事の予定が立たなくなってきたので、翌週のシフトについて聞くと「大丈夫行きます」と根拠のない返事。でも翌週も「熱が下がらない」と。
このコロナ禍で、熱がある従業員を出勤させるには、PCR検査で陰性を確認しないとダメなんだ。
でも、病院に行ってくれない。「行って!」「はい」でも確認すると、「行けなかった」でも「熱が下がらない」や「のどが腫れていて声が出しにくい」と言って、なかなか出勤して来ない。
実際電話で聞く声はガラガラで、女性の声じゃないみたいに聞こえた。そしてまた、なんだかんだと理由を挙げる。体調が悪いのは、嘘じゃないって分かるけど・・・。
でもこれだけ休みが続くと、だんだん僕の頭から、この女性のことが気にならなくなってしまって、気が付けば3週間欠勤状態だった。さすがに大ごとじゃないかと連絡すると、すごい鼻声。
「解ったから無理しないで」
それが翌日突然、何の前触れもなく、出勤してきた。体調はまだ本調子じゃなさそう。
「まだ無理なんじゃない?」
「もう、大丈夫です。働きます」
「でも、つらそうだよ」
「生活がありますから」
パートさんなので、有給休暇も少なくて、使い切っちゃったから、欠勤になると収入が減るんだね。旦那さんはどうしてるのかって聞くと、不定期な仕事なんで、共働きでないと苦しいとか。
「で結局、病院は行ったの?」
「実は・・・」
旦那さんの収入があまりにも不安定なんで、もう何年も健康保険に入ってないって言うんだ。それじゃ、病気したら大変だ。いや確かに大変だったんだろう。子供も病院に連れて行ってなかったらしい。
僕はすぐにこの女性がご主人さんの扶養家族から離れて、パートでも当社の社会保険に入れるように手続してあげることにした。
(この手続きを総務担当は嫌がってたけど、何で嫌がるの? 助けてあげようよ!)
なんとか住むところはあるし、車もスマホも持ってる。でもまともな生活ができるレベルじゃなかったみたい。もうそれなら、ホームレスの公園生活とどう違うのか分からない感じがする。
それを思うと、あの木之元君は人生脱落者かと言えば、そうとは限らない。
ホームレスでも服装はみすぼらしくなかったし、単にPCで遊んでいたのではなさそうだ。公園に寝泊まりしていたとしても、社会生活はなんとか出来ているんだろう。
過去にどんなことがあって、今そうしているのかは分からないけど、彼ほどの目的意識の高さと努力家なら、どんなことでも出来るはず。
パート女性と比較して、どっちがましかと言う話はしないが、彼ならきっと、家が無くても何か凄いことをやってるに違いない。
つづく
作品名:家付きホームレス(おしゃべりさんのひとり言 その44) 作家名:亨利(ヘンリー)