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原点

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最終日



-帯広〜夕張-
 腰の鈍い痛みで僕らは目を覚ました。
 バンガローの硬い床にはこの七日間で慣れてきたつもりであったが、そう上手くはいかないものである。バンガローの木の扉を開けると、木々の隙間から差し込む光が僕らを包み込んだ。
 燦々と降り注ぐ太陽は、夏の緑を一層黄緑色に染めている。
 最終日にしてこの快晴である。ここ二日くらいは曇りが続いていた為、久しぶりに真っ青な空を見上げ、思わず「晴れているなあ」と喜びが零れる。
 今日は帯広を出発し、夕張を経由して新千歳空港へ向かう。
 帰りのフライトは午後五時発。帯広から新千歳空港までは直接向かったとしても二時間半かかるため、時間が潤沢にあるわけではない。
 それなのに、僕らはバンガローに併設されたパターゴルフに魅せられてしまい、「帯広オープン」と称し、午前中の時間を半分ほどそれに費やした。
 押しているのにもかかわらず、何かと時間を費やしてしまうのは僕らの良くない習性だ。
 それでも、陽が降り注ぐ木々の中で、朝の新鮮な空気を吸いながら、気の置けない友人とパターゴルフではしゃぐのは、やはり悪くなかった。
 パターゴルフ用の芝生は、朝露を纏い、きらきらと輝いている。シンとした帯広の朝に、ボールを打つ「コツン」という音と五人のはしゃぎ声が響いていた。
 パターゴルフもそこそこに、バンガローをチェックアウトした僕らは、車に乗り込み市街へ向かった。
 昼食は豚丼に決まっていた。帯広では豚丼が有名で、全国からそれを求めて食べに来る旅行客も少なくないようだ。
 ちょうど昼頃に市街に到着し、お目当ての豚丼を食わせる店に向かった。
 少し待つかなと予想していたが、平日であったからか客は少なく、すんなりと入店することに成功する。店内は黒色を基調としております、少し薄暗い。
 パターゴルフではしゃぎきった僕らは、運ばれてきた豚丼を目の前に腹を鳴らした。
 飴色にてらてらと輝くそれを箸で豪快に掻き込んだ。
 特製のタレは、帯広産の豚肉によく絡まり、熱々の白米の価値を何倍にも高めてしまう。
 余程腹を空かせていたのか、余程美味しかったのか、五分もかからないうちに皆、大盛りの豚丼を平らげてしまった。
 腹を満たした僕らは、旅のお土産を購入すべく、北海道を中心に全国に展開する六花亭に向かった。六花亭はバターサンドやチョコレートなどの洋菓子を販売する店である。
 帯広の六花亭は、モダンな造りの外観で、入店意欲をそそる。
 入口は少し奥まった所にあり、その空間は小庭のようになっていて、そこに木が一本生えている。
 赤みがかった扉の左横の木の札に「六花亭」と毛書体で書いてあり、威厳を放っていた。
 店内は空調が心地良く効いており、和洋折衷の落ち着きのある内装だった。制服を着た店員が「いたっしゃいませ」と元気良く挨拶してくれる。
 僕は六花亭の定番であるバターサンドを家族用に購入した。
 バターサンド以外にも、お菓子の種類は豊富で、中でも魅力を感じたのが乾燥イチゴをホワイトチョコでコーティングした、ストロベリーチョコホワイトである。
 その時は購入しなかったが、東京に戻ってから購入し、非常に美味しかった事は記憶に新しい。 
 五人とも、思い思いの買い物を済ませ、帯広を出発する。
 いよいよ、新千歳空港に向かうのだが、夕張に寄ろうという話になっていた。
 新千歳空港までの道で夕張を経由するので、夕張の道の駅に立ち寄ってまたもやお土産を買おうという算段である。
 ご存知の人も多いと思うが、夕張はメロンが有名であり「夕張メロン」の名で親しまれているが、夕張市は二〇〇七年に財政破綻に陥り、現在も財政再生団体に指定されている。
 夕張の道の駅「夕張メロード」に到着。やはり心なしか閑散としている。道の駅がだだっ広いのが手伝っての事かもしれない。
 僕は夕張メロンバウムクーヘンを購入。試食までさせてもらったが、しっかりとメロンの味が染み付いており、思いの外しっとりとして美味しい。
 今朝まで余裕のあった僕らのカバンはすっかり肥えてしまっていた。
 僕らの少しばかりの買い物でも夕張市の財政の役に立てば良いと思う。

-終局-
 夕張を後にした僕らは、新千歳空港までの高速道路を飛ばしていた。
 午前中のパターゴルフで費やした時間が、ボディブローのように効いてくる。
 僕らの旅はただでさえ押している。やはりパターゴルフなどやっている余裕などありはしなかったのである。
 道交法違反すれすれのスピードでなんとか時間通りに新千歳空港に到着。
 レンタカー屋に立ち寄り、七日間苦楽を共にした愛機に別れを告げる。別れとはいつでも辛いものである。
 僕らは旅の終わりの哀愁を漂わせていたに違いない。それでもやはり空港は人でごった返し、旅の初日と何ら変わらない熱を帯びていた。
 空港でもお土産を懲りずに購入し、更にカバンを肥えさせた僕らは、離陸の三十分前にチェックを済ませる。
 搭乗の合図を待つ間、僕らは七日間の思い出話に浸っていた。「思い出」と呼ぶには時期尚早だろうか。
 それでも、頭にはこの七日間で起こった出来事が次々と流れ出し、尽きることのないものに思われた。
 いよいよ、搭乗のアナウンスが周囲の人々を一斉に動かす。
 順番に搭乗し、自分の座席の上段にお土産でパンパンに膨れ上がった荷物を載せる。
 動き出した飛行機は徐々にスピードを上げて、ついに離陸した。
 機体の揺れが疲れた身体に心地よく、飛行機の狭い座席に預けた身体に七日分の疲れがどっと押し寄せてきて微睡み始める。
 
 人は何故思い出話をするのだろうか。
 思い返したと時に、その当時と全く同じ感情しか感じないのであれば思い出話などせいぜい一、二回繰り返せば十分だろう。
 だが、自分が今までに経験してきたことや学んできたことを通して、そして今感じている心情や置かれている状況を通して過去を振り返るからこそ思い出というものは美しく見えるのではないか。
 それは素敵な思い出も酷く辛いものに変わってしまうこともあるという残酷さも持ち合わせていることになるけれど、そんな風に過去は水の流れのように常に変わり続けて、思い出になる。
 だからこそ人は、未来によっては語られなくなってしまう過去もあるかもしれないけれど、いつまでも思い出話をするのではないかと思う。
 いつまでも過去にしがみつく事を悪いようにいう人もいるが、僕は過去も大切に生きていきたい。
 この旅が未来において常に美しく輝きを増し続ける思い出になって、辛い時だからこそ僕らの傷を癒してくれるような寄る辺になってくれたら良い。
 「またこの五人で旅に出よう」
 薄れゆく意識の中で、そんな事を思う。
 眼下に広がる北海道の街の灯りが、夢のように淡く輝いていた。

                      〜完〜
作品名:原点 作家名:きよてる