はなもあらしも ~真弓編~
第四話 罠
「ともえさん、ちょっと」
「はい」
夕方、道場での練習を終えて片付けをしていたともえに、幸之助が声を掛けて来た。手を止めて座り直すと、ともえは幸之助を正面に見て背筋を伸ばす。
「ちょっとこれからお使いを頼まれてくれないか?」
「はい、喜んで。どちらへ行けばいいですか?」
日輪道場へやって来て約半月、ともえは東京の街をとても気に入っていた。東京へ来てすぐに、美琴に連れて行ってもらい、真弓と見知らぬ女性が歩くのを目撃した茶屋はすっかり馴染みの店になっていたし、一人で出歩く事も多くなっていた。
おかげでこうして幸之助からお使いを頼まれると、また街に出られると、少し嬉しかったりするのだ。
「橋を渡った通りに、弓具店があるんだが、そちらで弦と矢尻をもらって来て欲しいんだ。ともえさんはまだ弓具店には行った事がなかっただろう? 昔から世話になっている店主がいるから、ご挨拶を兼ねて頼まれてくれないか? 代金も支払ってあるから、受け取るだけでいい。もし、ともえさんも欲しい物があったら一緒にもらって来なさい」
「分かりました、ありがとうございます! 行って参ります!」
* * *
袴を着替えて日輪家を出ると、ともえは少しゆっくり歩きながら弓具店を目ざした。
教えてもらった弓具店は、実は通りかかった事があった。以前見かけた時から気になっていたのだが、なかなか一人で入る勇気がなかったのだ。そんな折りに使いを頼まれ、ともえは良い機会だからじっくりと道具を見ようと思った。
満面の笑顔で街道を歩きながら、美味しそうな匂いを漂わせる菓子屋を覗いたり、追いかけっこをする子ども達を眺めながら東京の空気を満喫する。
「やっぱり東京は都会だな。安芸とは大違い」
以前は武芸者で栄えたともえの故郷も、栄えたとはいえそこはやはり安芸の田舎。東京とは比べ物にならない。天下を統一した徳川家康が政権を置いた場所なのだ、あらゆる地方から人が集まり、独特の文化を築き上げて来た。
廃藩置県が発布され、学制も広がり日本は大きく様変わりをした。弓道のような武芸は、もはや国を守る為の戦の糧となる時代ではなくなったのだ。
幸之助と笠原限流が意見の食い違いを見せるのも詮無い事かもしれない……
そんな事を考えていると、目当ての弓具店が見えて来た。
「御免下さいー」
引き戸を開けると、そこは弓具が所狭しと並べられていた。
「うわあ、すごい!」
田舎の弓具店とはその種類も数も比較にならない多さで、ともえは楽しくなった。外から見た時も随分大きな店だと思ったが、中に入るとそれは重い描いていた以上だった。
「いらっしゃいませ」
奥から顔を出した店主に、ともえは直ぐさま頭を下げる。
作品名:はなもあらしも ~真弓編~ 作家名:有馬音文