はなもあらしも ~真弓編~
夜になり、ともえは一人廊下を歩いていた。
真弓の部屋はともえの部屋から少し離れた場所で、那須家では一番の客間だ。どうしても真弓の顔が見たくて、少し訪ねようと出て来たのだ。
「おや」
「あ」
曲がり角に差し掛かった所で偶然真弓とともえは出会い、互いの顔を見て笑い合う。
「考えている事は同じだったかな?」
「はい。そうみたいです」
月明かりのように美しい真弓の笑顔に、ともえは胸が暖かくなる。
「少し、庭を歩きませんか?」
「うん、そうだね」
庭を歩きながら、日輪道場の庭はもっと風情があって洗練されていたな。などとともえが思っていると、ふと真弓の手がともえの手に触れた。
「嫌だったら、正直に言っていいんだよ?」
その言葉に驚く。
「嫌な訳ありません! 真弓さんこそ、私なんかで本当にいいんですか?」
恐る恐る尋ねる。この言葉は、もうあの笠原道場との試合の日以来何度となく聞いて来た。だが、答えはいつも変わる事無く、
「僕にとってともえちゃんは大切な人だよ。出会って日も浅いのにって君は言うけれど、時間は関係無いと僕は思うんだ。この人を愛おしい、大切にしたい、幸せにしたい。そう一度でも心に確信を持ったのなら、何があってもその人を愛しつづける。それが男としての務めだと思うから」
急に手を引っ張られ、ともえは真弓に抱きしめられた。
「これから先、何年でも何十年でも、僕はともえちゃんの事を愛しつづけるよ……辛い事もあるだろうし、喧嘩もするだろうね。だけど、それは一人では経験出来ない事だと思わないかい? 誰かがいるからこそ、喜びも悲しみも苦しみも楽しみも味わえる。それが夫婦なら、感じ方も二人分だ。困難な状況に陥ったとしても、僕はともえちゃんとなら乗り越えて行けると信じている。ともちゃんは、僕と一緒に乗り越えて行けない?」
ともえは無言で首を横に振る。真弓と一緒なら、どんな困難も乗り越えて行ける。それは東京に行ってから十分すぎる程理解できた事だ。
「ともえちゃんが不安にならないように、いつでも言うよ。愛してる」
「真弓さん……」
いつもの優しい真弓ではなく、男性の面を見せる真弓の熱いまなざしに、ともえは体から力が抜けるような錯覚を覚える。
力が抜け、ぼうっとただ真弓の顔を見つめていると、ふとその真弓の顔が近づいて来た。
ふっと柔らかな感触がともえの唇をさらい、驚く間もなく次はともえの頬にその感触が移動する。そして次には大丈夫だよと言う言葉の代わりに、大きな真弓の腕に抱きしめられた。
ともえの心は、もうすっかり落ち着いていた。
誰よりも信じられる人。
私の愛する人。
そして私を愛してくれる人。
共に歩み、心も弓道も成長させてくれる唯一の人を見つけたのだ。
はなもあらしも 真弓編 完
作品名:はなもあらしも ~真弓編~ 作家名:有馬音文