はなもあらしも ~真弓編~
* * *
「打撲で済んで本当に良かった」
「どんな人相だったか、見ていないの?」
医者に連れて行ってもらい、日輪道場へ帰って来たともえを心配して、幸之助と月乃、真弓の三人がともえの部屋へやって来ていた。
「それが、突然の事だったので……」
ともえは笠原道場の人間の仕業であろう事は伏せた。もし話しをして今度の試合が流れては、益々互いの道場の確執が強くなるだけだと思ったからだ。
「最近は物騒になったものね。今度から出かける時は誰かと一緒に行ってね、ともえさん」
月乃が心配そうに言うので、ともえは微笑んだ。
「はい、ご心配おかけしてすみません」
「ともえさんは悪くないわ、悪いのは襲った暴漢なんですから。あなた、警察に届けた方がいいんじゃないでしょうか?」
「だ、大丈夫です! お医者さんも骨に異常はないから、数日大人しくしていれば腫れも引くとおっしゃってましたし」
慌てるともえに、幸之助は組んでいた腕をほどいて静かに口を開く。
「ともえさんがそう言うなら、警察には届けなくていいだろう。真弓、お前がともえさんに付いていてあげなさい」
「はい」
「何か必要な物があったら、真弓に甘えてね」
幸之助と月乃が出て行くと、真弓は悲しそうな顔をした。
「ごめんね、ともえちゃん。僕がもう少し早く帰っていたら、一緒に出かけていられたのに」
「そんな、真弓さんが謝る事じゃないです。歩いていて襲われるなんて、普通思いませんもん」
「今度からは必ず僕と出かけるようにしてくれないかい? 僕がいない時は道真でも颯太でも誰でも構わないから、一人では出歩かないように……約束してくれるね?」
真弓はもしかしたらともえを襲った人物に目星をつけているのかもしれない。
「はい。分かりました」
有無を言わせぬ真弓の頼みに、ともえは頷いた。
無事に試合を向かえる事が出来るのだろうか。
いや、大丈夫。
目の前の真弓をじっと見つめ、ともえはきっと真弓が守ってくれるだろうと強く感じる。いつもはただただ優しい真弓の別の一面を垣間みて、ともえはより頼もしく思った。
きっと真弓が守ってくれる。
「ありがとうございます」
真弓の優しさに感謝せずにはいられなかった。
作品名:はなもあらしも ~真弓編~ 作家名:有馬音文