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長き戦いの果てに…(改訂版)【6】

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14.迷路の先に


「ローデリヒさん、お願いがあるんだ」
フェリシアーノが唐突に屋敷を訪れたのは、その日の午後の事だった。
「ヨハンのことだけど……ルートにも関係あるんだ。だから、話を聞いて欲しくて……」
らしくない、それが第一印象だった。いつもおしゃべりなこの子が、今日に限って何でこんなに歯切れの悪い話し方しかできないのか。ギルベルトも八方手を尽くして探しているが、未だにルートは見つからない。この騒ぎで屋敷内は混乱を極めている。この上いったいどんな面倒を持ち込もうとしている?
ローデリヒは軽い苛立ちさえ覚えたが、子犬のように必死な顔のフェリシアーノをむげにあしらうこともできず、小さくため息をついた。
「……立ち話もなんですから、お入りなさい」
ルートとヨハンが何か『特別な関係』にあるのは分かっている。それが何であれ、自分にとって決して愉快な話ではないだろう……

フェリシアーノを座らせて、とりあえずお茶を出すと先をうながした。
「どうしたんです、何があったんですか?」
とにかく話してごらんなさいと水を向けるが、なかなか口を開こうとしない。沈黙のうちに時ばかりが過ぎる。
何をぐずぐずしているのですか、聞くつもりがなければ入れませんよ!──思わず喉元まで出そうになった言葉を辛うじて飲み込んだその時、ようやくフェリシアーノが顔を上げ、ぽつりと言った。
「怒らないで聞いて欲しいんだけど──」
湧き上がる苛立ちを押さえ、黙ってうなずく。
「ヨハンに……会って欲しいんだ」

……カタ…カタカタ……

ふと手元に目をやると、手にしたソーサーの上でティーカップが揺れていた。
俯いたフェリシアーノが顔を上げる。鳶色の瞳が不安げに揺れているのが見えた。
「……怒ったりなんかしませんよ、安心なさい」
つとめて平静を装うべく、震える声は辛うじて抑えたが、心の中をゆっくりと黒い影が浸食していく。
フェリシアーノを安心させる為に何とか笑顔を見せようとしたが、揺れる気持ちを抑えきれずに口元がわずかに引き攣った。
「どうして……私が彼に?」
辛うじて答えたものの激しく胸が騒ぎ、血の気が引いていく。どこまで平静でいられるだろうか──ああ……私はどうしたら──
「ヨハンが……」
フェリシアーノがまた言い淀んだ。
「落ち着いて話してごらんなさい。大丈夫ですよ、悪いようにはしません」
誰が大丈夫なのか?悪いようにはしないとは、どうするつもりなのだ──皮肉な言葉が心をよぎる。私は笑えばいいのか?それとも泣くべき?
そんな事を考えている内に手の震えが止まった。
鳶色の瞳が迷いを隠せず、震えながらこちらを見つめている。薄く開いた可愛らしい口元がようやく言葉を紡ぎだした。
「ルートが……呼んでるっていうんだ」

がちゃん!

フェリシアーノがびくっと肩を震わせる。
ローデリヒが手にしていたティーカップが派手な音を立てて、美しいソーサーもろとも床に落ちて砕け散った。こぼれた紅茶が高価な絨毯をじわりと濡らす。
「ああ……驚かせてすみません、フェリシアーノ、手首を少し痛めてしまって」
見え透いた言い訳。フェリシアーノはもう気がついたに違いない。この子の前でこんな恥をさらすなんて──
だけど、聞きたくない!そんな言葉、聞きたくなかった……!
できるものなら耳をふさいで、このまま何もなかったことにしたい。
なぜ私ではないのか、なぜあの人は私に助けを求めないのか、なぜ私をさしおいて、ただの「人の子」などに──

ローデリヒを現実に引き戻したのは、フェリシアーノの声だった。
「ローデリヒさん、だいじょうぶ?ケガはない?」
くるめく鳶色の瞳が心配そうにこちらを見ている。足元にしゃがんで、ちらばった陶器の欠けらをひとつふたつ拾い集めながら。
スカートとエプロンをまとって、我が家でけなげに働いていた幼いころのフェリシアーノの姿がふと重なる。
ああ……でもそうではないのだ。今の彼は違う、彼ももう子どもではないのだ。今は彼もルートを愛するひとりの男……なのにどうしてそんな……

「ああ……すみません、フェリシアーノ。お客様にそんなことをさせるなんて」
「ううん、そんなこと」
鳶色の瞳がまぶしそうに細められる。
「だいいち俺、お客様なんかじゃないよ、ローデリヒさんに相談に乗ってもらいたくて来たんだもん」
「そう……でしたね」
まぶしいのはこの子の瞳だ。素直で迷いがないピュアな光を宿す鳶色の瞳。
あなたも本当は彼が好きなのでしょう、そして人の子ヨハンも。なのに平気で私に相談に来るというのですか。
 ……いや、歪んでいるのは私でしたね。
ルート、あなたはこんなにも皆に愛されていて、あなたの為ならこんなにも迷いなく行動する者たちに囲まれて……
私は……
そう、私は──私は、醜い。
分かっている、だがそんな自分をどうすることもできない、あなたを独り占めしたいと願っている。誰の手にも渡したくない、たとえあなたがそれを望まなくても。
だけどあなたはいなくなってしまった──だから。
 ローデリヒは暗く深い心の闇に囚われそうになった。それは永遠に続くかとさえ思えたが、現実の世界ではほんの一瞬だったらしい。
「フェリシアーノ、ここはもういいから場所を変えましょう」
あとは召使に片づけさせるからと言うと、さっと立ち上がった。フェリシアーノの名を口にした時、かすかな胸苦しさを覚えたが、もう迷いはない。
「ヨハン…のこと、くわしく聞きましょう。一刻も早くルートを探し出さないと。手がかりはひとつでも多く必要ですから」

最終的には翌日、ヨハン本人に会いに行くことになった。どれほど当てになるのか分からないが、数少ない貴重な手がかりだ。
だがその前に彼の情報をできる限り手に入れておく必要があるだろう。
夕食後、ローデリヒはようやく帰ってきたギルベルトに声をかけた。
「ギル、少しお話があります」
「……なんだよ」
無愛想につぶやき、じろりとこちらをにらみつける。
目の下には黒々と隈が浮き、顔色もかなり悪い。ここ数日寝ていないのだろう。
「少しは休まないと、彼を見つけるより先にあなたが倒れてしまいますよ」
ギルベルトは舌打ちし、あからさまに嫌な顔をした。
「……そんなくだらねーことを言うために、わざわざ呼んだのかよ」
失踪したルートヴィッヒの行方を探して駆けずりまわり、思いつく限りの手を尽くしたが、未だに何の手がかりも得られない。今まで自分にできない事など何もないと思っていたギルベルトは、感じたことのない無力感に苛まれていた。
「違います。あなたがそんなことになったら彼が悲しむから言っただけです」
返事代わりにフンと鼻を鳴らす音。
「ですが今日話したいのはそんなことじゃありません、ヨハンのことです」
「ハァ、ヨハンだ?あいつがどうしたって?」
締め上げてみたが大した役にも立たなかった、それがこれ以上何だっていうんだ──帰って来たのはそんな素っ気ない言葉。
「それでも構いません。明日彼に会う前に、できるだけ話を聞いておきたいんです」
「はあっ?あいつに会う?会ってどうするってんだ!」
ギルベルトはすっとんきょうな声を上げた。
「……ま、どうしても聞きたいってなら、聞かせないこともねぇがな──」