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長き戦いの果てに…(改訂版)【5】

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12.喪失



「分からない……だと?」
──これだけの騒ぎの元だぞ、そんなことが信じられると思うか?
ギルベルトは喉元まで出かかった言葉をかろうじて引っ込め、眉をひそめるに留めた。弟はうつむいたままで動かない。アメジストの瞳は眼鏡の奥からこっちを睨みつけている。これ以上すこしでも彼を責めるなら許さないと言わんばかりだ。
「ふん……なら、質問を変える」
こっちだって馬鹿じゃない。これ以上ごり押ししても無駄なことくらいは分かっている。
「原点に戻ろうじゃないか。駆け引きはなしだ、率直に聞くぞ、あの朝のことだ。なぜおまえはこいつを殺そうとした?」
大きな体がびくりと震え、弾かれたように顔を上げると兄を見つめた。
「俺はローデリヒを……殺す、なんて…ことは──」
青い瞳は内心の動揺を示して激しく揺れた。
「ならあれは何だったんだ?明らかにお前は本気だった、俺でも止めるのが難しいほどな。あのままだと間違いなく首の骨が折れてた」
「そ、それは……」
ルートヴィッヒは蒼ざめた顔に脂汗を浮かべた。
「そんなつもりはなかったんだ、本当だ!信じてくれ、兄さん──分からないんだ、自分でも…何であんな……」
握りしめた手が震えている。
──分かっているともルートヴィッヒ、俺は知っている。お前が昔っから嘘がつけないってことはな。だがお前は自分で思い出さなけりゃならない。そうでないと解決にはならないんだ。
「これには訳があるんです、ギル。そんな言い方はやめてください、もう少し思いやりというものを持てないのですか?この人は仮にもあなたの弟なんですよ!」
たまりかねたローデリヒが口を挟んでもギルベルトは相手にしなかった。
「部外者は黙ってろ」
「私は部外者ではないと何度言ったら──」
ギルベルトは紅く凍りついた視線を向ける。
「部外者じゃねぇ?なら被害者だ。そうなればなおのこと、こんな危険人物といつまでも同席させる訳にはいかねぇ、今すぐ出て行ってもらおうか」
「そんな──!」
「嫌なら黙ってろ」
ギルベルトは激した様子もなく言い捨てる。
ローデリヒは口を閉じるしかなかった。これ以上言えば本当に、ここから放り出されるだろう。それだけは何としても避けなくてはならない。
ギルベルトは再び弟を見た。冷静な瞳には怒りもない代わり、温もりのかけらも見出だせない。
「思い出せ、何か原因があるはずだ。でないと……お前を拘束しなきゃならん。危険人物を野放しにする訳にはいかないからな」
「……それで」
ギルベルトはローデリヒにも問いかける。
「当事者として何かいう事はないのか?さっきみたいな泣き言はなしだ」
「泣き言だなんて──」
ローデリヒは言いかけて口を噤むと、黙ってギルベルトをにらみつけた。
「お前が殺されかけた直前のことだ。お前らはその時何をしてた、何の話をしてたんだ?」
ギルベルトは更に畳み掛けた。今は他の話を聞くつもりはない。
「あの時……私は、ヨハンの事を聞いたのです、覚えていますかルート?」
「……」
後の方はルートヴィッヒに言ったのだが、青い顔をして俯いたまま、聞いているのかいないのか、何の反応もない。
「ルート?」
「ヴェスト?」
奇しくも二人の声が重なりあう。
ルートヴィッヒにまたしても異変が起ころうとしていた。
「──俺が……悪いんだ。そう、俺は惰弱で、何の役にも立たないから……こんな…俺はここにいる資格なんかないんだ……」
ルートヴィッヒは突然独り言を言い始めた。
「おいヴェスト!こっちを見るんだ、俺が分かるか?!」
ギルベルトは弟の肩をつかんで無理やり自分の方に向かせたが、その目は何も見ていない。目の前にいる自分のことも見えていないのだ。
ルートヴィッヒは焦点の合わない目でどこか遠くを見つめて独り言を呟き続けている。
「あいつらも助けられなかった……俺では…駄目だ…ここに……いてはいけない」
「お前、何を言ってる?しっかりしろ!」
ギルベルトはつかんだ肩を激しく揺さぶり叫んだが、虚ろな瞳には何の反応もない。
「兄さん、すまない……俺は期待に応えられなかった……俺はもう、退場する」
一瞬自分に話し掛けているのかと思ったが、そうではなかった。
光のない青い瞳は焦点が合っていない。ルートヴィッヒは自分ではない『どこか遠くの誰か』を見て、その誰かに話しかけているように見える。
「何だと?何を言ってるヴェスト、退場って何だ!」
ギルベルトの声に焦りの色が濃くなった。
「退場するんだ……俺は、生まれ変わる──喜んでくれ、新しい『ドイツ』の誕生だよ、兄さん」
操り人形のように不自然な微笑みを浮かべ、ルートヴィッヒは嬉しそうにそう語った。
「俺はもう行かなきゃ──」
ルートヴィッヒは不意に立ち上がった。
何気ないしぐさながら凄まじいまでの力で肩に掛けられた兄の手を振り払う。
危険を感じたギルベルトは素早い身ごなしでよけた。その腕の一振りには殺意すら感じられた。油断してまともに食らったら自分でも吹っ飛ばされたかもしれない。
ギルベルトはぞっとした。
「おい、待てヴェスト!どこへ行くつもりだ」
ルートヴィッヒは振り向かず、まっすぐドアに向かっていた。
「ルート、待ってください!」
「やめろ、坊ちゃん!」
ギルベルトは危険を感じて止めようとしたが間に合わなかった。
ローデリヒはルートヴィッヒに追いつくと迷わず腕をつかんだ。振り払われて怪我をするかもしれないなどとは思いも寄らないのだろう。
「ルート、どうしたんです?どこへ行くんですか」
だが意外にもルートヴィッヒは立ち止まり、ローデリヒを見て微笑んだ。
貼りつけたように空虚な微笑み。ローデリヒは悪寒が足元からじわりと這い上るのを感じた。
「帰るんだ」
青い目はこちらを見ているようで、何も見ていない。
「帰るってどこへです、あなたの家はここでしょう?」
ローデリヒは何とか彼を『こちら側』へ引き戻そうと、腕をつかむ手に力を込めた。
「……帰るんだ」
同じ言葉を繰り返す。表情も変わらない。仮面のように張り付いた微笑み。
「おいヴェスト、どういうことだ?お前は何を言ってる──いい加減、正気に戻れ!」
ギルベルトが強硬手段に出た。ルートヴィッヒの頬を平手で思い切り張り飛ばしたのだ。ルートヴィッヒの顔が歪み、わずかに身体を揺らがせた。
「ギル、そんな乱暴な!」
ローデリヒは抗議したが、ギルベルトが表情を強張らせているのに気がつくと、慌ててルートヴィッヒの方に向き直った。
頬にはくっきりと赤い手型が付いている。痛くないはずがないのに、表情は先ほどと少しも変わらない。相変わらず薄笑いを浮かべたまま。
「俺を生んでくれた兄さんたちのところに帰るんだ……兄さんたち、今から帰るから、もう一度俺を受け入れて、俺を……生まれ変わらせて」
仁王立ちのまま虚空に視線を彷徨わせ、誰に話し掛けているのか。
「ルートッ!」
「ヴェスト、どうした?」
ローデリヒの悲鳴のような叫びと、ギルベルトの声が交錯する。
そのルートヴィッヒは糸の切れた操り人形の様に、声もなくその場に倒れ伏した。


* * *


「……クソッ!何てことだ!」