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長き戦いの果てに…(改訂版)【3】

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8.クリスマスの前に


「あれは、去年のクリスマスだったか……あいつらをうちに呼んだんだ」
ルートヴィッヒがぽつりと言った。
「ヨハンがここへ来たのはその時が初めてだったのか……ハンスたちはその前にも何度か呼んだことがあったな」
楽しかった事でも思い出しているのか、ローデリヒの目には、彼の表情がわずかに緩んだように見えた。
「あいつらは休暇になって外出許可が出てもほとんど兵舎から出なかった。他のやつらはみんな、待ちかまえたように飛び出していったのにな」
「珍しいですね。ほとんどの兵はみな休暇を楽しみにしているでしょうに」
「どうしたんだって聞いたら、別に外へ出ても楽しいことなんか何もないと来た。揃いも揃って若いやつらがだ!だから時たま、うちへ呼んで飯を食わしてやったりしたんだ。俺が言うのも変だが、少しでも家庭的な雰囲気っていうのを味わわせてやれたらと思ってな」
「あなたがそんなことをするとは意外ですね」
ローデリヒは思わずくすりと笑った。
「……お前には聞いて欲しいんだ、あいつらのことを」
ルートヴィッヒはまじめな顔をしてローデリヒを見た。
「ええ……聞かせて頂けますか」


※ ※ ※


ベルリンが真っ白な雪に埋もれた12月の初旬。
ここのところ国際情勢に大きな動きはなく、小競り合いはあるものの比較的平穏な日々が続いていた。

「うわぁ……!」
ルートヴィッヒの屋敷の前に立ったヨハンはそう言ったきり声が出なかった。
「どうしたヨハン?」
驚いたハンスがヨハンに声を掛ける。今日はルートヴィッヒ子飼いの部下たちヨハンにハンス、アルノー、テオドルの4人が招待されて私邸を訪れていた。
「い、いや、だってさあ……コレ、ほんとに隊長の家?」
「本当も何も隊長の家に決まってるじゃないか」
「そ、そうかあ……」
ヨハンはまだぽかんと口を開けたまま、目の前にそびえ立つ館から目が離せなかった。
「隊長は国家様なんだから、このくらい立派な家に住んでたってちっとも不思議じゃないだろ」
テオドルの言葉だ。彼は元レスリング選手で背の高さではルートヴィッヒにわずかに及ばないものの、全身が厚みのある筋肉に覆われたがっしりした体格をしている。一回り大きいハンスとも格闘で互角に渡り合う力の持ち主だ。腕力だけでなく、武器の扱いや確かな判断力で部隊でも一目置かれる存在だった。
「そ、そりゃそうだけどさ……」
「そうか、ヨハンは初めてだったね」
そう言ってアルノーが笑った。
母親譲りの緩やかなウエーブの掛かった銀髪に優しげな碧の瞳。眼鏡を掛けてほっそりしたアルノーはあまり軍人らしく見えなかった。戦争が始まるまでは助教授として学生たちに自国の文学を教えていた。
父親を早くに亡くした彼は年老いた母との二人暮らしだった。歳の離れた兄が二人いたが明日の見えないこの国に嫌気がさし、ずいぶん前にドイツから出ていった。
仕事と夢を求め、ひとりは米国に、一人は英国に渡った。しばらくの間は手紙や仕送りがあったがやがて二人とも音信不通になった。今ではどこでどうしているのか。生きているのか死んでいるのかすらも分からない。
「夢ばかり見て、あの親不孝息子ども!非国民が!」
初めの内は憤っていた母親も便りが途絶えてからは彼らの身を案じていた。
アルノーもしばらくの間は仕事の合間を縫って兄たちの消息を求め、あちこちの知人を訪ね歩いたりしていたが、ついに何の手がかりも得られないまま母親は数年前にこの世を去った。この国が再び戦乱の渦に巻き込まれるのを見ずに済んだのは、彼女の辛い人生にとってある意味贈り物だったかもしれないとアルノーは思う。
一流とは言えない大学に奉職し、名ばかりのしがない助教授の給金で生活するのは決して楽ではなかったが、愛する学門の世界に身を置いて母親と二人静かな生活を送るのはそれなりに悪くない人生だった。
だが戦争ですべては一変した。
政治も経済も何もかもこの国の全てがどうしようもない混乱の巷に陥った。治安は悪くなり大学は閉鎖され、唯一の自分の居場所もなくなってしまった。
たった一人の身内だった母親も今は亡く、守るものはおろか無くすものさえ持たない彼に最後に残されたのは生まれ育ったこの国だけだった。どれほど絶望的な状況にあろうとも祖国は祖国だ。自分の手で守らなくては。
人を傷つけることを嫌い、争いや暴力とは無縁の人生を送ってきたアルノーはこうして軍に志願した。
だがその軍で祖国その人であるルートヴィッヒに出会えるとは夢にも思ってみなかった。
そういう存在があると噂には聞いていたが、ほとんどの国民は普段意識することすらない。一般市民にとってそれは総理大臣や大統領以上に雲の上の存在であり、直接顔を見ることもなく一生を終るのが普通だ。
平和な時代ならそのような者がいようといまいと大半の国民にはあまり関係ないが、今のような国難の時代に混乱を鎮めたり、国民を救う事もできないなら存在する意味などないとアルノーは考えていた。
だが実際に会ったその人は想像とは違った。
国民の危難も知らずに宮殿の奥で優雅に暮らし、国政を自由気ままにする王様のような存在だろうと思っていたが、意外にも彼は国の未来を憂い国民の為に最前線に立って戦うひとりの軍人だった。
軍隊も戦争も国家様などという胡散臭い存在も少しも良いものだとは思わなかったが、アルノーはルートヴィッヒの人柄に惹かれた。真面目で几帳面、何かにつけて硬すぎるきらいはあるものの、そんなところも人間らしく好ましかった。こんな人が国家様ならこの国もまだ捨てたものじゃない。自分の愛国心は間違っていなかったとアルノーは確信した。

「まあそう言うなよ。誰だって初めて見たときは驚くさ、俺だってそうだ。ハンスは別だろうけどな」
テオドルは笑ってそう言ったが、ハンスの表情が硬くなったのに気づいてあわてて謝った。
「すまんハンス、そんなつもりじゃなかったんだ」
「いいんだ、気にしちゃいない……」
少し寂しげに笑ったハンスは、ヨハンの背中を勢いよく叩いた。
「入るぞヨハン!いつまでもこんなところに突っ立ってちゃ風邪引くぜ。ほら行くぞ!」
「何すんだ!」
驚いたヨハンが叫んでもそんなものはどこ吹く風と、ハンスは巨大な鉄の門扉を押し開いてさっさと中へ入って行く。ヨハンは焦ってまた叫んだ。
「待てよ、勝手に入っていいのか?」
「平気だよ、隊長はいつも勝手に入って来いってさ。来いよ、置いてくぞ!」
テオドルもそう言いながらハンスに続く。
最後に残ったアルノーが、まだ気後れしているヨハンを優しく促した。
「さあ、私たちも行こう」
「あ……うん」
3人は軍の大先輩であり揃って年上なので始めは気後れしたりもしていたが、今では気のおけない仲間で天涯孤独のヨハンにとっては家族のようなものだった。
「ねえ、先生」
ヨハンは特に年の離れたアルノーを先生と呼んで慕っていた。
「先生もこんな家に住んだことあるかい?」
「いいや。私の家はそこまで裕福とはいえないからね」
アルノーは笑った。
「ふーん……俺、自分がこんなお屋敷に客として入るなんて想像したこともなかったよ。使いっぱしりで他所のお屋敷に行かされたことはあるけど、裏口しか見たことないし」