二次創作小説やBL小説が読める!投稿できる!二次小説投稿コミュニティ!

オリジナル小説 https://novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
二次創作小説投稿サイト「2.novelist.jp」

長き戦いの果てに…(改訂版)【2】

INDEX|4ページ/7ページ|

次のページ前のページ
 

6.フェリシアーノ




未明からそぼ降る雨が、夜が明けても小止みもなく降り続く陰鬱な日だった。
厚い雲に覆われた重苦しい灰色の空を眺めていると、フェリシアーノは自分の気持ちまで暗く落ち込んでいくような気がした。ルートヴィッヒが重傷を負って前線を離れたと聞いてから、すでに十日以上が過ぎていた。
彼のことが心配で、いても立ってもいられず会いに行ったが面会謝絶だと言われ、顔を見るどころか容態を確かめることさえできなかった。
命に別状はないという素っ気ない返事はあったものの、それ以上はいくら聞いても何も教えてくれない。親友である以前に同盟国なのに、どういうことなのかと不審に思ったが、上司からもあまり騒がない様に諭されてはあきらめるしかなかった。しかも後から分かったことだが一報が入った時点で、負傷からすでに1週間が過ぎていたらしい。どうしてすぐに知らせてくれなかったのかと上司に疑問をぶつけると、帰ってきた答えは血の気が引くようなものだった。
はっきりしたことは分からないが当初ルートヴィッヒは、命も危険な状態にあったらしい。先頭に立って国民を率いる『あの国の化身』が戦死ともなると、内外への影響は計り知れない。兵士の士気の低下どころか、戦況全般に大きな影響が出る可能性すらあった。
国の化身はたとえ死亡しても新たな肉体ですぐに戻って来るはずだが、国民の動揺を抑えられるか、他に何かが起きる可能性はゼロではないのか、誰にも分からなかった。考えたくもない事態ではあるが、万が一、国の化身が戻って来ないとしたらどうなるのか。それはどの国も、もっとも恐れる事態だった。そのために対応方針が定まるまで情報を伏せていたのだろう、と。


フェリシアーノはひどく苛立っていた。
あれから2週間が過ぎ、ようやく面会が可能になったと連絡を受けて、取るものも取りあえず駆けつけたのに、いつまでも待たされるばかり。しかもいよいよ面会できると思ったら、今度はルートヴィッヒの部下だとかいう若い男がごちゃごちゃ言って中々会わせようとしないのだ。
いわく重病人なんだから面会は短時間だけだとか、話の内容に気を付けろとか、さっきまで軍医に散々注意を受けたことばかりだ。
──こいつ、もしかして何か個人的に、俺をルートに会わせたくない理由でもあるのかな?
そんな邪推をしたくなるほどヨハンはしつこかった。
説明はもう充分に聞いたし彼が今どんな状態にあるかぐらい分かってる。ずっと面会謝絶にせざるを得ない状態だった事、まだあまり状態が良くないので長時間話したり、無理はできないことも分かっている。だからせめて少しでも早く会って力づけてやりたかった。
このヨハンとかいうやつは、一体何が気に喰わなくて俺がルートに会うのをじゃましようとするの?何の権利があって?
「いいですかヴァルガス君。さっきも言った通りですが、注意事項は必ず守ってください、でないと──」
「もう分かったよ、君ってずいぶんしつこいね」
フェリシアーノは普段の彼らしくもなく、ムッとした様子を隠しもしなかった。
「長時間の面会はだめだとか、しゃべりすぎるなとか、話の内容には気をつけろとかさ、それさっき先生からも散々聞かされたばっかりだよ。廊下を歩いている間も、ずっとおんなじ事ばっかりで、もう聞きあきたよ!」
「しつこいとは何ですか、大事なことなんですよ!」
ヨハンの方も負けていない。
「隊長はようやく面会謝絶が解けたばかりなんです、ヴァルガス君!本当にそれを分かって言ってるんですか。ふざけてるわけでも、大げさに言ってる訳でも何でもないんですよ!」
フェリシアーノは思いも寄らぬ反撃に鼻白んだ。
「あの人が今までどんなに苦しんで、どんな酷い状態だったのか何にも知らないくせに!」
ヨハンはフェリシアーノを睨みつけた。再び口を開きかけたが、唇が震えるだけで何も言葉が出なかった。
「ねぇ、君──もしかして、泣いてるの?」
フェリシアーノが驚いてそう聞くと、ヨハンは黙って顔をそむけた。
無言のまま握りしめた拳と肩を震わせているのを見ると、苛立っていたのも忘れ、彼が気の毒になった。
「……ごめん、悪かったよ。しつこいだなんて、俺も言い過ぎた」
ヨハンがはっとして顔を上げるとフェリシアーノと目が合った。とび色の瞳が今にもこぼれ落ちそうに涙を溜めている。
「でもね、分かって欲しいんだ。俺だってずっとルートが心配で、会いたくて会いたくてたまらなかったんだ。いつになったら面会謝絶が解けるんだろうって、毎日毎日そればかり考えてた」
君もルートの事が好きなんだ。だから俺を会わせたくないんだよね?でも俺だってそうだ。君なら分かるはず──
「大怪我したって聞いて、でもずっと面会謝絶で……もしかしたら死ぬかもしれないって言われて……もしこのまま、ずっと会えないまんまでルートの身に何かあったらどうしようって思って、ずっと心配で──」
フェリシアーノは声を詰まらせた。
大きな鳶色の瞳に溢れた涙はあっという間に頬を滴って廊下にぽたぽたと零れ落ち、お見舞いに持ってきた小さな花束も取り落としてしまった。大の男がこんなところで……と思わなくもなかったが、自分でももうどうしようもなく、病院の廊下で人目もはばからず大声で泣いてしまった。さすがのヨハンもあっけに取られたようだが、一度こうなると自分で止めようにも止まらなかった。
「…あ、あのっ、ヴァルガス君!……ね、もう泣かないで──」
ヨハンは慌ててフェリシアーノの肩を抱くと宥めるように話しかけた。
「今から隊長に会えるんですよ、面会時間はちょっとだけど。このところずいぶん顔色も良くなって来たし、それを見たらきっと君も安心すると思うよ」
ひとしきりしゃくり上げた後、ようやく落ち着いたらしい。フェリシアーノはヨハンの方を見た。
「……ありがとう、ヨハン。君って、いいやつだね」
落とした花束を拾ってやると、フェリシアーノはまだ少し涙を零しながら泣き笑いのような顔をした。それから赤くなって涙に汚れた頬を手の甲でごしごし擦って、くしゃくしゃになった顔で微笑みかけてきた。
ヨハンは驚きのあまり何を言っていいか分からずぽかんとなった。初対面でファーストネームを呼び捨てにされたのに怒る気にもなれない。
ようやく我に返ると、あわててフェリシアーノにハンカチを差し出した。
「早く行こう、隊長の部屋はそこだから。きっと待ってるよ。君が来たことはもう知らせが行ってるはずです」
「……うん
フェリシアーノはまだ鼻をすすりながら、受け取ったハンカチで顔を拭くと、フェリシアーノはまた泣き笑いのような顔になった。
病室の前まで来ると、ヨハンは気遣うように小さくノックした。静かにドアを開くと、これまたごく控えめの音量で呼びかける。
「……起きていらっしゃいますか隊長、ヨハンです。ヴァルガス君をお連れしました」
フェリシアーノはヨハンの後ろから恐る恐る室内をのぞきこんだ。
そこはひっそりして薄暗いだけでなく、ひどくもの寂しかった。空には厚い雲が垂れ込めて、しとしとと雨が降り続いている。
病人を刺激しないようにわざとそうしているのかもしれないが、灰色の壁に囲まれた病室の窓にはしっかりとカーテンが引かれており、部屋の空気が余計に重苦しく感じられた。