小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

夜の街、ウサギと少年

INDEX|1ページ/4ページ|

次のページ
 
遠い遠い西の国の話。そこにある平和な街に、一匹の、人の姿を持ったウサギがいました。
 ウサギは、月が浮かぶ夜の街を屋根から屋根へと飛び跳ねて回り、寝ている子供たちに夢を撒いていました。子供たちは、ウサギの撒く夢を見て、幸せに育ちます。
 そんなウサギを追い掛ける、一人の少年がおりました。いつからウサギを追い掛けているのか、それは少年にはもう分かりません。何の為に追いかけているかも分かりませんでした。ただただ少年は毎日のように、夜に姿を現しぴょんぴょん跳ねるウサギを探しては追い掛けていました。


「待てー!」
 月の浮かぶ夜の街を走る少年。夜の街は殆どの人が寝静まっているので、外にいる人も少なく静かだった。少年の叫ぶ声が、夜の空まで届いていた。
 少年が追い掛けているのは、屋根から屋根へ飛び跳ねるウサギだった。人のような姿を持っていて女の子のような体をしたウサギは、黒く美しいドレスと帽子を身にまとい、その姿を月に照らして、夜の街の空をぴょんぴょん飛び跳ねていた。
「今日こそは捕まえてやるー!」
 ウサギに向かって何度も声を掛け続ける少年。その声が聞こえているのか聞こえていないのか分からないが、ウサギはその声に構わず自分のペースでぴょんぴょん飛び跳ねていた。
 ふと立ち止まったかと思うと、ウサギは手を広げてきらきらとしたものを振り撒いた。きらきらとしたものは、色鮮やかな粒で、振り撒くと月に照らされ星くずのように綺麗だった。
 きらきらとしたものは、夢のかけらと呼ばれていた。眠っている子供たちの心に吸い込まれて、子供たちに幸せな夢を見せる。この街でウサギしか持っていないかけらだった。振り撒かれた夢のかけらは、建物の煙突に吸い込まれて、子供たちに夢を見せていた。
 しかしその美しい光景に、少年は足を止めることはなかった。ウサギを追い掛け続けているから何度も見てきた光景、今更それに見惚れて足を止める余裕はなかった。少年が見ているのは、月に照らされたウサギだけだった。
 やがて少年の表情に、疲れが見え始めてくる。少年はウサギが現れてから全力で走りっぱなしで、一向に距離の縮まないのに疲れだけはだんだん溜まっていた。しかし、ウサギの方は、屋根から屋根へぴょんぴょん、爽快に飛び跳ねている。ウサギには疲れなんてないのか、それとも飛び跳ね続けるのはウサギにとって余裕のあることなのか。分からないが、ウサギの方は疲れて足を止めることはなさそうだった。
「良いじゃんか、少しは待ってくれたってよぉ……」
 少年は、疲れ果て、遂に道の上にばたんと倒れ込んだ。もう、これ以上走れない。誰に言うでもなくちいさくそう呟いて、顔を上げて月の方を見た。
 ウサギは、月を背にして、足を止めて少年の方を見ていた。少年は道の上、ウサギは屋根の上、それで結構な距離もあったから、ウサギの顔はよく見えなかった。
「次こそは……絶対に捕まえてやるからな!」
 力ない声で精一杯叫んだが、それはウサギの耳に届いたかどうか分からないくらい枯れた声だった。
 聞こえたかどうか分からないが、その時のウサギはにっこりと笑ったように見えた。
「ち、ちくしょう……!」
 その笑顔が何だか無性に悔しくなって、少年はもう一度枯れた声でそう叫んだ。
 ウサギはくるりと振り返って、月の方に向かってぴょんぴょん飛び跳ねていった。
「今日もまた、捕まえられなかったなぁ……」
 拳で地面を叩いて、悔しそうな顔を見せた。その後に、ウサギのくるりと振り返った時の横顔を思い出す。月の光で一瞬だけ、その時ははっきりと見えたウサギの顔、黒いドレスと帽子の間から見えたウサギの顔。微笑んでいて、可愛い顔だった。確かに、笑っていた。
 少年は、どうしてあのウサギこんなにまで必死になって追い掛けているのかもう覚えていない。でもあの顔を見る度に、少年はあのウサギを傍にまで寄せて見てみたいと思っていた。
 少年は、ウサギの顔を思い出して、悔しそうな顔を緩めて、ふふ、と笑う。
 眠ることを忘れた少年は、夜の街で、ウサギのことを思い返して朝を迎えるのだった。

「それで、今回もウサギさんは捕まえられなかったわけね」
 昼下がりの街の一角、とあるパスタ店の中で少女はカウンターに屈していた少年にそう言った。少年はそれを聞くと、顔を俯けたままうーとちいさく唸った。
「あのウサギは身軽だからねー、貴方が疲れてもウサギはまだ余裕だったんでしょう。たが追い掛けるだけじゃあ何度やっても捕まえられないわよ」
「うるさいなぁ。今度こそ……きっと、捕まえてみせるんだ」
 はいはい、と少女は丁寧にその言葉を流した。パスタ店には、少女と少年以外の姿はなかった。今は丁度店が賑やかになるお昼時なのだが、この店が特別に繁盛していないわけではない。この店は今、少年だけの貸し切りの状態となっていた。平たく言えば、この店は、今日は定休日であった。少女の幼馴染でもある少年だけは特別に入れていたのだ。
「でもどうして、あのウサギにそこまで執拗に追い掛けるの?」
「……さあ、自分でもよく分からない。ただあのウサギに少しでも触れてみたいんだよ」
 首を傾げてふと聞く少女に、少年は真面目な顔でそう答えた。
「ふーん、なんだかしっかりしない答えね。なんで触れてみたいのよ?」
「よく分かんないよ、ただ……」
 そこまで言うと、少年はピタリと黙り込んでしまった。その先に何を言うつもりだったのか、それとも何も考えていなかったのか、一度黙ってしまうと少年ですら分からなくなってしまって、またうーうーと唸り始めた。
 少女は、少年の目の前に出来上がったカルボナーラを置いた。話を聞きながら少女が作っていたものだ。見た目は至って普通のカルボナーラだが、少年は顔を上げるとちいさく口を開けてそれをぼーっと眺めていた。
「ナポリタン……」
 ちいさくそう呟いた。
「いいえ、それはカルボナーラです」
 淡泊な口調で、少女はそう返した。
「お母さんは休み、私はカルボナーラしか作れない。今、貴方に出せるものはカルボナーラしかないわよ」
「ナポリタンぐらい作れるようになれば良いのに」
「文句はお金が払えるようになってから言いなさい」
 パスタ店を勤めるのは、この少女の母親だ。しかしこの休みの日は、母親は隣町へ出掛けている。その為、店にはまだカルボナーラしか作れない少女が留守番をしていた。
 フォークを手に取り、少年はカルボナーラを口に運んだ。カルボナーラのホワイトソースは、この店自慢の美味しい味ではあるのだが、少女の手に掛かれば見た目通りの普通のカルボナーラになるし、少年はカルボナーラがそこまで好きではない。
「いくら追い掛けても捕まえられないのに、よく諦めないわねー」
 カウンターの内側にある椅子に、少女はちょこんと腰掛けた。少年は黙々と、美味しそうでも美味しくなさそうでもない顔でカルボナーラを食べ続けていた。腹が減っていた少年の食の進みは結構早く、それほど掛からずにぺろりと平らげた。
「もう行っちゃうの?」
 ごちそうさまと一言告げて外に出ようとする少年を、少女は引き留めた。少年は振り返り、意外そうな顔を見せた。
「だって、今日も夜の為に備えておかないと」
作品名:夜の街、ウサギと少年 作家名:白川莉子