古木の霊
青年はその日もいつものように仕事とプライベートの時間を終え、そしていつものように眠りについた。
――……役場の若者よ……村役場の若者よ……
(……ん……何だこれ……)
――……「何だ」って……おまえさんの夢じゃ……そして、わしは古木の霊じゃ。村役場の若者よ。
(……整理させてもらっていいですか)
――ん? いいぞよ。
(まず、僕は市役所勤務です)
――早速すまんかった。
(こちらこそすみません。人違いじゃなければいいのですが)
――うん。おまえさんで大丈夫だぞよ。
(……それで、古木の霊さんがどういったご用件なのでしょうか)
――今日はお礼に来たのじゃ。
(と申しますと)
――おまえさんのおかげで、わしが切られるのが避けられたらしいのう。
(えっ? ……あれかな、東区の幹線道路の新設計画が消えた件かな)
――どうもありがとう。
(あ、いえいえ……あれはバブルの頃の計画が塩漬けになってたのを、僕がダメ押ししただけです)
――それで、願いを聞いてやりたいんじゃが。
(いやいや、いいですよ。大したことしたわけじゃないですから)
――わしにとっては大したことだったんじゃ。
(……そうですね。そこはおっしゃるとおりです。失礼しました)
――それで願いじゃが……どんぐり 1 年分でいい?
(ええっ? いやいやいや……やっぱりいいですお願い)
――イヤなの? じゃあどんぐり 5 年分ならいい?
(ええーっ? 何かその方向一択なんですか?)
――えっ?
(申し訳無いですが、そういう質問って普通オープンクエスチョンなんじゃないですか?)
――それは、何じゃ。
(今のお言葉っぽいのですよ。「願いは何じゃ?」みたいなのです。口調合わせておきましたが)
――あいにく、わしの霊力も万能じゃないんで……。
(そういえば、普通に切られそうになってたんですね)
――樹齢がもっと伸びると、人間に保護させる霊力が働くんじゃが。
(あれ霊力だったんですか)
――というわけで願いを言うだけ言ってみよ。聞くぞよ。
(……あのう、どんぐりじゃなくて、現金でいただくのはだめなんでしょうか)
――だめ!
(歯切れ良すぎませんか)
――現金はだめだって、ケンスケ君が言ってた。
(誰なんですかケンスケ君……よく分かりませんが、じゃあ株ならどうですか? どの株を買えばいいかとか……分かんないか)
――それは無礼じゃなー。わしにだって分かるよ株。
(分かりますか)
――苗木を植えるならどんぐりがいいぞよ。
(やっぱり! っていうかどんだけどんぐり推されるんですか僕)
――イヤなの?
(あー、いえいえ何でも無いです……株とか FX とかも無理だなこれは)
――ん? FX 知ってるぞよ。Foreign eXchange の略じゃろ。
(何かこっちは分かったみたい!)
――でも FX はだめだって。ケンスケ君が言ってた。
(だから誰なんですかケンスケ君! まあ言うとおりだとは思うけど)
――どうしよっか。
(……宝くじは OK でしょうか。宝くじ分かります?)
――あ! うん宝くじね。宝くじ分かるようん。昔からあるよね宝くじ。OK じゃよ。
(OK ですか! どうも頼りないけど、どれ買えばいいか分かりそうなんですね?)
――うん。
(本当かなー。本当ならいいですが……近所の宝くじ屋が「1 等 3 億円出た!」なんてやってて、このへんの誰かが仕事せず毎日のんびり暮らすようになったんだなー、って思うんだけど、できれば僕も同じようにしたくて)
―― 3 億円はだめ!
(……やっぱりケンスケ君ですか?)
――いや、わしの樹齢の問題じゃ。わしの樹齢 80 年では、金額については 30 万円が限界なんじゃよ。
(よく分かりませんが、意外と樹齢若かったんですね。そういえば、霊力が足りなくて切られそうだった、って話出たっけ)
――うん。
(でも、30 万円でも魅力的だなー。うん。本当なら普通にありがたいですこれ)
――本当じゃよ。来週教えてやるから期待しておれ。
(あ、来週なんですか)
――うん。
(謎のネットワークあるみたいですもんね。一応期待してます)
――約束したから保証する! おまえさんの願いは叶うぞよ! 待っておれ、村役場……もとい市役所の若者よ……
そして翌週。「古木の霊」は青年の夢に再度現れ、約束通り当選番号を告げて消えた。
青年は、99.9% 疑う気持ちを抱きつつもそのとおりに宝くじを買って、当選発表の日を待った。
結果青年は、古木の霊のありがたい力によって 1 等 3 億円当選者と「金額を除いて」同じように当選し、古木の霊のありがたい力によって 1 等 3 億円当選者と同じように失職した。
(了)