天国と地獄
「まあ気楽にしてくれや、おっさん」
牙を見せながら嗤うのは、男を連行している獄卒である。
ここは、地獄である。男は死んで、そしてここ行きを命じられたのだ。
うつむく男の耳に入ってくるものは、獄卒たち――頭が牛のものだったり、馬のものだったりする――の罵声、嘲笑、そして罪人たちの悲鳴ばかりだ。
「……青い空が、見たい」
男が天を仰ぐと、獄卒が怒鳴った。
「バッカ見られるわけ無えだろ! 小川のせせらぎだの、小鳥のさえずりだのも無え! 花畑どころか花一輪地獄には無えから、存分に絶望しとけ! ヒッヒッヒ」
獄卒がいやらしく嗤うと、果たして何と男も笑った。
……獄卒は男を憐れんだ。
「もう狂っちまったか」
すると、男は叫んだ。
「天国かよ!」
男はこらえ切れず、喜色満面で再度叫んだ。
「さよなら花粉症!」
(了)