ニューフェイス
シングルベッドに倒れ込んだのは、ひとりのシステムエンジニア。女性、二十代。
部屋の時計は、午前二時半を回っている。
同性同世代の多数派は無難に事務職などをしているところ、いろいろあって彼女はこの業界に身を投じた。そして適性が高かったらしく、優秀さを認められて引き抜きまでされてしまって、転職後初めての案件――大型案件――が佳境に差し掛かっているところなのだった。
スマートフォンは、六時に鳴るようにセットされている。
(ぜ、絶対に穴は開けられない。明日から泊まりでいいよね……)
そんなことを思った後、彼女はたちまち深い深い眠りに落ちていった。
「……フフフのフ」
そこに突如現れた、ひとつの影。
「マンションの窓だからって、不用心でしたねお嬢さん」
長身痩躯から、男の声が発せられた。
「あなたを見かけて、付いてきちゃいましたよ。ああ……太陽と縁の無さそうな、この真っ白な肌」
男は手を取ってほおずりし、それから彼女を抱き起こした。
……疲れ切って深く眠る彼女の静かな寝息に、何らの変わりも無い。
「それでは、いただきます」
……男の牙が、真っ白な首筋に突き刺さった。
明くる朝。
よく働いていない頭で、彼女が朝のルーチンをこなしている。
「ふあー……今日も頑張らなきゃ。まだ新入りの身なんだし……」
そして、いつものように洗面化粧台に行く。男性陣には身だしなみまでエネルギーが及ばなくなって、変人博士のようになっている者もいたが、彼女としては追従しかねるところである。メイク――申し訳程度のズボラメイクながら――もメイク落としも、筋トレ――週 2 回のズボラ筋トレながら――も、日傘も欠かさない彼女である。
「……あれ?」
ぼんやりしている目をこする。よく働いていない頭を振る。
「うわ~私映ってないっ? な、何かがバグってる……」
顔を鏡に近づける。それからあたりを見回して、また顔を鏡に近づける。
「おおーい鏡の中の私、隠れてないで出ておいでー」
しかし、「鏡の中の私」はいない。ほっぺたをつねると……痛い。
彼女は、鏡を覗きながら言った。
「ずるいぞ欠勤する気か!」
(了)