おその惣助物語(完結)
それから、おそのが死んだら自分はどうして生きていくのかが分からない事、今までもずっと、毎日おそのに会いたくて堪らなかった気持ちを、遊んで暮らすことでどうにかごまかしていた事…。
「だから…おめーさまの顔だけ見てぇ…死んちまうつもりで…」
「そっか…」
惣助はだんだんと項垂れていった。そしておそのを背中から降ろすと、自分へと向かい合わせて、おそのの顔を見る。
「じゃ、おらも一緒に、そうするだ」
「えっ…」
惣助の顔に、恐怖は無かった。むしろ、嬉しそうに笑っていた。惣助は昔のように、はにかむ時の癖で丸い鼻をこする。
「そんで、めおどになんべ」
「…惣助さん!」
それまで抜け殻のように穏やかだったおそのの顔に、生気が戻った。それは切なくくしゃりと歪み、おそのはもう一度泣いて、次から次へと溢れてくる涙を拭った。
惣助は、降り続く雪からおそのを守るように、そっと抱きしめる。
「泣ぐでねえ、泣ぐでねえよおそのさん。…ああ、おそのさん…おそのさん…」
噛み締めるようにおそのの名前を呼び、その体を抱き、惣助も泣いた。それは、二人で一緒になれる喜びと、この世で結ばれぬことへの悲しみが、深く混じり合っていた。
「おそのさん…」
「あの世で、おめーさまとめおどになれるんだべか」
惣助とおそのは、川縁に立っていた。二人の手首は縄で括られ、双方きつく結わえてあった。
惣助はおそのの言葉に、昔を懐かしむように微笑む。
「…おら、おそのさんと一緒におらんちに居たあの夜、初めて、自分はほんとに生きでるような気がしただ」
おそのは顔を上げて惣助を見つめた。
「そんで、今一緒に死ぬだ」
惣助の目は、速い川の流れを見据えている。
「一緒に生きて、一緒に死ぬ。おらたちは、めおどになるんに充分でねえか」
おそのは笑顔で自分を見つめてくれる惣助に安心して微笑んだ。
二人はそれから手を取り合って、何もかもをごうごうと飲み込み岩をも砕くような急流へと、身を投げた。
暗く寒い、冬の夜だった。
おわり
作品名:おその惣助物語(完結) 作家名:桐生甘太郎