人魚
真っ暗な空には月も星もなく、どこまでが海で、どこからが空か分からない。
黒い海には音もなく、打ち寄せる波もない。
砂浜の周辺には山があるのかもしれないが、暗くてよく見えない。ただ山が
存在するような気配がするだけである。
私の隣に人魚が座っている。
人魚は暗い顔をしたクジラの様にでっかい人妻だった。生きていることが、
退屈だと言わんばかりに、いつもため息をついている。
私たちは付き合い始めて間もない。
私にも妻子があるが、人生に疲れて、毎日死ぬことばかりを考えていた。
「ボクに、足りないものは何だろう?」
と人魚に聞くと、
「糖分じゃない?」
と言うので、
「そんなこと聞いてないけど。それにボク、糖尿の境界型だよ」
と言うと、
「糖分を取るからといって、世界中の生き物が、みんな糖尿病になるとは限ら
ないわよ」
と人魚が言うので、
「本当かな?」
と言うと、
「だってワタシ、栄養士の資格持っているのよ」
と人魚が言った。
「じゃあボクが、糖尿病になって死んでもいいのかい?」
と言うと、
「別に、ワタシはあなたが本命じゃないから、あなたがどうなったって平気
よ」
と人魚がつまらなそうな顔をして言った。
「本命って、誰だよ?」
私がムキになって言うと、
「ケイコちゃん。あの子本当に可愛いから、好きよ」
ケイコはブタが人間になったような女、というか、人間のようなブタだが、
私の元カノだった。
こうして私は、人魚が私の元カノとも付き合っていることを知ったのだが、
人魚との関係は現在も続いている。