跡始末
11:付記
それから時が経ち、騒動そのものが人々の記憶から洗い流された頃の話である。
歌舞伎の世界にも、世代交代の波がひしひしと押し寄せてきていた。歌舞伎界に絶大なる権勢を誇り、テレビドラマへの出演を機にタレントとしても活躍し、世に知らぬ者は誰もいないとまで言わしめた大谷 香竜も、老いには逆らうことができず、この公演を最後に一線を退く旨を発表していた。
その誰もが終わることを惜しんだ最後の公演を終え、たくさんの関係者やファンに囲まれて香竜は楽屋から出てくる。その楽屋から出口へと繋がる通路に、一人の男が立っていた。風采の上がらない、どこかおどおどしているその男は、香竜が楽屋から出てくると軽く会釈をし、真っ直ぐな瞳で香竜を見つめていた。
香竜は男に気づくと、しっかりとした足取りでその男に歩み寄った。そして、おもむろに肩を抱き、耳元で一言二言何か囁く。男は香竜の囁きを聴いた途端、目から大粒の涙を溢れ出させた。香竜は、何度か深く頷いて男の肩を叩き、立ち去っていった。
周囲の者は皆、香竜の後に付き従いつつ、男が何者なのかを記憶から呼び起こそうとした。テレビ関係者、舞台関係者、裏方、親類縁者……。おそらく、その多彩な交友関係の中でも、やはり本業である舞台の関係者だろう。共演した演者のことを、決して忘れないと言われている香竜だ。どう考えても、舞台関係者の可能性が一番高い。だが、長年寄り添ってきた家族も、師を見てきた弟子たちも、マニアを自称する熱狂的なファンたちも、号泣している男の正体はわからなかった。
早水流と自身の夢とを自分の手で閉ざさざるを得なかったその男は、香竜が立ち去った後も恥も外聞もかなぐり捨て、いつまでもいつまでもその場で号泣し続けていた。
━了━