北へふたり旅 71話~75話
北へふたり旅(73) 函館夜景⑧
カウンターへ腰をおろしてからが長かった。
常連客が2人。会話へ割り込んできたからだ。
雨の中。ケンカ別れしたリリーを、寅さんが駅まで迎えに行く。
寅やの番傘を持った寅さんが、改札口でリリーが電車から降りてくるのを待つ。
第15作の見せ場、相合傘のシーンのやりとりが再現される。
リリー「迎えに来てくれたの?」
寅さん「ばかやろう! 散歩だよ」
リリー「雨の中、傘さして散歩してんの?」
寅さん「悪いかい?」
リリー「濡れるじゃない」
寅さん「濡れて悪いかよ」
リリー「風邪ひくじゃない?」
寅さん「ひいて悪いかい」
リリー「だって・・・寅さんが風邪ひいて寝込んだら・・・」
リリー「わたし、つまんないもん」
常連の一人が興奮してたちあがる。
「寅さんとリリーがとらやの番傘で相合傘だ。
雨の中。柴又の参道を2人が寄り添って歩いていく。
男と女のロマンだぞ、相合傘は。
おまえ。一度でもさしたこと有るか、相合傘というやつを!」
「おれには無ぇ」もうひとりが吐き捨てる。
「そうだろう。あるはずがねぇ。
60を過ぎていまだ独り者のお前に、そんな粋な濡れ場があるはずねぇ」
「わるかったな。60を過ぎていまだ独り者で。
じゃあ聞くが、お前にはあるのか。相合傘の経験が!」
「見損なうな。お前とは違う。いちどだけ有る」
「おっ・・・有るのか!。なんだ。やるじゃねぇか。誰とだ?」
「別れた女房だ」
「わ・・・別れた女房だと!。へん。笑わせるな。
相合傘したあげくに別れるのか!。なんだ。だらしねぇ」
「言ったな、この野郎。
おれたちは大人の事情で別れたんだ。
じゃあ、おめえはどうだ。
独り者じゃ、別れることすら出来ないだろう!」
「わるかったな独り者で。好きでひとりでいるわけじゃねぇ。
60年間まちつづけたが、気に入った女があらわれなかっただけだ」
「おめでたいやつだぜ。まったく。
待ってるだけで女がやって来るのなら、誰も苦労しねぇ。
人生100年の時代だ。好きなだけ待つがいい。
そのうち物好きな女が、ひょっとして現れるかもしれねぇ」
「言ったなこの野郎。そいつを言っちゃあ、おしまいだ。
頭にきた。おう、表へ出ろ」
「上等だ。売られた喧嘩だ、買ってやる!」
まぁまぁと、慌てて2人のあいだへ割って入る。
妙な展開になって来た。
「おたがい、おなじ寅さんのファンじゃないですか。
ケンカしないで仲良くやりましょうよ」
「おれは寅さんのファンじゃねぇ。
リリーのファンだ。リリーが大好きだ」
この野郎はリリーの写真ばかり15~6枚、壁から盗みやがった」
「そういうお前だって寅さんの写真ばかり盗ったじゃねぇか!」
「お前ほどじゃねぇ。おれが取ったのはたった10枚だ!」
「お客さん。止めることはねぇ。
この2人は酔っぱらうといつもこうなる。
これでけっこう仲がいい。
雨の日はなかよく2人で傘をさして帰っていくんだ。
男同士の千鳥足での相合傘だけどね。あっはっは」
大将が大きな声で笑い出す。
(74)へつづく
作品名:北へふたり旅 71話~75話 作家名:落合順平