Mystic Garden
すると、あの有名な凱旋門を縮小したような、石造りの大きな門の前に来た。彼女は迷わずそれをくぐった。そこには、世にもかぐわしい花園が広がっていた。アメリアは即座にその美しさの虜になった。色と香りにわれを忘れていると、1人の年配の男性の声が聞こえてきた。
「ようこそ、神秘の花園へ」
驚いたアメリアが声のしたほうを向くと、灰色のトレンチコートを着て、黒縁眼鏡をした小柄な紳士が立っている。
「…あなたは?」
紳士は、穏やかな顔で答えた。
「この園の所有者です」
「…とても、美しい花園ですね」
「恐縮です」
そのようなやりとりをしていると、凛と咲いている1輪の赤いバラがアメリアの目に止まった。彼女はしゃがんでその花をじっと見つめた。
そのうちに、アメリアの脳裏にある記憶が浮かんできた。今から1カ月前、彼女の大切な友人の1人であるレジーが、1輪の赤いバラを彼女の髪に飾ったのだ。そのとき、アメリアは自身が彼にとって友人以上の存在であると悟った。― しかしその数日後、彼は自ら命を絶った。17歳だった。―
アメリアの目には涙があふれ、頬をつたって流れた。
すると、紳士が言った。
「やはり、この花を咲かせたのは、あなたにとって忘れられない方のようですね」
彼女には、彼の言葉の意味がわからなかった。
「レギーが、いつそれをしたと言うのです?」
紳士は、含み笑いをして言った。
「そのお相手が、あなたの髪を赤いバラで飾ったときです」
(…!)
アメリアの体は、言葉では表現できない感覚を覚えた。
「もしかして、ここの花は…」
紳士はゆっくりうなずくと、答えた。
「この花園の花は、愛が頂点に達すると咲くのです。たとえどちらかが世を去ろうとも…」
アメリアは全身を震わせながら、その紳士を見つめた。彼は、静かに語り始めた。
「あと、これは僕の単なる想像ですが、お相手の方が生前で最後に言った言葉が、『あなたを愛しています』なのではないかと…」
少し間を置くと、紳士は彼女に尋ねた。
「赤いバラの花言葉をご存じですか」
「『愛』…ですか」
「そのとおり。しかし、より詳しく言いますと、『あなたを愛しています』」
アメリアは、紳士の言葉の意味をやっと理解できた。彼女は赤いバラを、3本の指で優しくなでた。そのあと、彼女は一面に咲く花々を、いとおしむように見つめた。
翌日、アメリアはあの神秘の花園にもう一度行きたくなった。しかし、どんなに時間をかけて探しても、もうあの優しく懐かしい香りはしてこなかった。彼女は落胆し、うなだれた。
そのときである。彼女の耳の中に、聞き覚えのある声が聞こえた。
「神秘の花園を体で感じられるのは一度だけです。それ以降は、その人の心の中に存在するのです…」
― Fin ―
作品名:Mystic Garden 作家名:藍城 舞美