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桐生甘太郎
桐生甘太郎
novelistID. 68250
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僕の弟、ハルキを探して<第一部>

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「はる…き…」

声が震える。足も竦んでいる。僕の右腕を掴む春喜の力は、僕でさえ絶対に振りほどけないだろう強さだった。そのことに、僕はまた怯えていた。

春喜は左腕で僕の腕を掴んだまま持ち上げる。僕はこれから何が起こるのか分からなくておそろしくて、されるがままになるしかなかった。持ち上げられた僕の腕はちょうどベッドの脇にある花瓶あたりに向けられていた。すると次の瞬間、更に恐怖が襲う。


「人間、手を開け」


それは春喜の口から聴こえた。でも、春喜の声ではなかった。老人のようにしゃがれて渇き、人間らしい温かみを感じない、それでも威厳に満ちた声だった。僕は本能的に「これは神の声だ」と知り、おそるおそる手を開いた。すると、僕の手の先に見えていた花瓶は、ぱっとその場から姿を消した。

「えっ…!?」

僕が花瓶に気を取られていると、目の前がでんぐり返って、真っ暗になった。

「わあっ!」





気がつくと僕は、春喜の世界に辿り着く前に体験した、色とりどりの異空間へ逆戻りしていた。相変わらずそこは虹色の湖の中のようにぎらぎら輝き続けていて、思わず僕は目をぱちくりと瞬く。


「見えるか、人間」


驚いて振り向くと、僕の後ろには春喜の姿があった。でも、その顔は、春喜ではなかった。

春喜の目は幼さを全く失って、虚ろであるのに大きな意志を感じた。その目は半分ほどに細められ、慈愛に満ちているようにも、厳しく断罪するようにも見えた。とても小学生の男の子、いや、人間には見えなかった。

そして、春喜が広げた両手の中には、さっき宮殿から消え失せた花瓶が浮いている。

「あっ!」

さっき消えた花瓶がここに!?ということはあの花瓶を春喜はここに送ったのか!?何がどうなっているんだ!?

僕がそんなふうに混乱しかけた時、また世界がぐるりと裏返って、体の中身を全部吐いてしまいそうな感覚が訪れ、風に包まれたと思ったら、僕は宮殿の床に尻餅をついていた。


「ハルキ様!お兄様!」

体中の血管が、あまりの驚きに恐怖すら感じて、どくどくと脈打っている。肌がびりびり痺れて熱している。吐き気がして、冷や汗が止まらない。震える首をなんとかよじって振り返ると、ほっとした様子のオズワルドさんが居た。

そうか、戻ってきた。戻ってきたんだ。でも、僕はもう一度春喜の姿を見るのが怖い。春喜が春喜の姿をしていないのを見るのが怖い。僕の目の前には、春喜が着ている白いローブが垂れ下がっている。


もうやめてくれ。消えるはずのない花瓶が消えたり、見たこともない世界だの、弟が人でなくなるだの、そんなにたくさんのことには僕は堪えられない!


そう思ってうつむいたのに、頭の上からまたあの声が降って来て、僕は思わず顔を上げてしまった。


「汝に与うるは、ものの本をまくるがごとくに万物を異なる場へと動かしうる力なり。この力を揮わんと欲するならば、右手をその物にかざすのみ」


限りない光と闇を同時に包み込んだような瞳の奥には、僕たちを自由に出来る創造神が確かに居た。僕は体を硬直させたままで、呼吸が止まっているような気がした。

春喜は僕などもう目に入っていないような様子で、僕の前を去ってベッドへ戻っていく。そして布団をまくってその中に潜り込み、目を閉じてしまった。そこまでの動きは、幼さも拙さも、ほんのわずかな未熟さすら感じない動作だった。


僕はわけがわからなくて、春喜を見つめ続けていた。すると、不意に後ろからオズワルドさんに肩を叩かれた。

「わあっ!」

僕はそれで一気に正気に返り、今までの恐ろしさが一気に爆発して叫んでしまったので、おそるおそるまたベッドの方を窺った。でも、春喜はもう眠っている。僕は、次にオズワルドさんが言ったことを、信じないわけにはいかなかった。



「お分かりになったでしょう。ハルキ様は、神の言葉を喋るのです」