八九三の女
[忠犬]
祖父と親父殿は言うなれば戦友だ
互いに一国一城の主であり
結成以来、裏街組合を共に引っ張っていく仲間であり
互いに歳の差、関係なく
事ある毎に酒を酌み交わして親交を深めていた、親父殿だ
自分以上に祖父の事を理解しているのかも知れない
抑、好き好んで偏屈な祖父の相手を買って出るくらいだ
苦行並みの、性癖だ
目の前の酒瓶に掛かる
ボトルキープ札を指先で弾き弄ぶ社長を盗み見る、店長は思う
どれ程、得難い忠犬であろうと主を失えば唯の野良犬だ
やさぐれなくとも住処所か、居場所すら見つけられないのかも知れない
だから、親父殿が目に掛けるのも分かる
首根っこを紐で繋いで置かないと
何処かに行ってしまうんじゃないかって、憂虞するのは自分も同じだから
取り合えず仕切り直しという事で店長が社長に再度、尋ねる
「で、俺とお前の昔話?」
問われた社長はゆっくり頭を振り、息を吐く
「親父殿と先代の、だ」
「は?!」
それは地雷だ
クリスマスパーティーでは見事に踏んだ
なのに敢えて「踏んでもいい」と、促す社長に店長は疑りの眼差しを向ける
「いやいや、怒るじゃん」
「怒らねえよ」
「いやいや、嘘じゃん」
「嘘じゃねえよ」
頑なに拒む店長だが、社長も頑なに引かない
「なら、ボトルはキャンセルだ」
言うなり酒瓶に手を掛ける社長から死守するように引っ手繰り
自分の胸元に抱え込む店長が舌を出す
「もう俺のモン!」
「あ?お前のモンは俺のモンだろ?」
確かに、互いに「お前の物は俺の物」で通している、と
店長は思うも、なにかがおかしいとも思う
一瞬の隙を突く
店長の腕から酒瓶を奪い取った社長がにやり、と笑う