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chair

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 とある10月の水曜日の午後。おやつの時間をひかえた、うららかな昼下がり。ここ北森保育園では、今、レクリエーションのまっただなかです。

 部屋のすみには、たくさんの園児たちが座り、ハラハラしながらなりゆきを見守っています。その見守る先──部屋のまん中には四つのイス。そのイスは90度で、花びらのようにきれいに置かれています。そして、それら四つのイスのまわりに立ちならぶ、5人の子。その近くには、ラジカセをわきに置いた保育士のおおいし先生。
 そう。きょうのレクリエーションは、園児のみんなに大人気のイス取りゲームです。そのイス取りゲームもクライマックス、残りあと5人というところまで来ているのです。
 おおいし先生は、古いラジカセの調子が悪くなったのか、しゃがみこんでテープを取り出し、具合を見ています。どうやら、今はトラブルで休けい中のようです。


 残った5人のうちの1人、ゆうとくんは、この休けい中にじーっと考えこんでいました。その目はいつになくしんけんで、けもののように食い入る目をして、四つのイスを見つめています。じつはゆうとくん、今回のこのイス取りゲームだけは、負けないという決意を固めていました。
 ゆうとくんと同じひまわり組の園児に、パッチリした目とえがおがすてきな、りこちゃんという女の子がいます。とてもかわいいので、ひまわり組のみんなから人気の女の子です。実はゆうとくん、ずっと前から、このりこちゃんとなかよくなりたいと思っていたのです。しかし、内気なゆうとくんは、なかなかりこちゃんに話しかけることができませんでした。そこで、ゆうとくんは考えたのです。
(イス取りゲームで勝ったら、ゆうきを出して、りこちゃんにいっしょに遊ぼって言うんだ)
ゆうとくんはそんな決意を胸に、ここまでイス取りゲームを勝ち上がってきたのです。
 と言っても、ここに来るまでの道のりは、そう苦しいものではありませんでした。ここまでの戦いの大半は、あまりやる気のない子や、やるより見てるほうが好きな子、そういった園児がイスに座れなかっただけにすぎないからです。
 しかし、ここからはちがいます。ゆうとくんをふくむ残った5人は、いずれもイス取りゲームが上手な子ばかり。イス取りガチ勢と言っても、決して言いすぎではない子たちです。そんな子たちと渡り合っていかないと、勝利を手にすることはできないのです。
 だからこそ、ゆうとくんはいつになく本気で、イスを見つめながら考えこんでいるのです。


作品名:chair 作家名:六色塔