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成犬

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駅の反対側に回るには高架になった改札前を抜けるのが早い。わたしは愛とともにエスカレーターに乗った。つるつるした改札前のタイルを歩き、駅直結のモールの中の様子をガラス壁越しに眺めたとき、そもそもここに犬が立ち入ってよいのだろうかと疑いが生じた。わたしはリードを引く手を強めた。

 階段を下りようとしたが、急いたこちらの気持ちなど知らぬ人たちがうつむいたまま上ってきて、思うようには進めない。わたしを気遣ったのか、愛は階段のステップを蹴って舞い上がった。わたしはピンと張ったリードを放すしかなかった。
 愛は地面にぺたんとうずくまっていた。猫でもないのに、あんな高いところから飛び降りて無事だろうか。その体に重なって、まだ小さかったころの丸みを帯びた愛の姿が浮かんだ。
 わたしはその小さな愛の肩を両手でそっと押さえた。二三秒待つと、下で霞んでいた成犬の愛が鮮明になり、すくっと立ち上がった。
 公園に足を伸ばそう。長い間散歩に連れ出していなかったことは心配だったが、愛の体は思いのほかしなやかで、張りもあった。
 天気はいい。「愛」とわたしはそっと呼びかける。が、名前は愛ではなく、桃次郎であったことにわたしはふと気づいた。桃次郎が肩越しに悲しそうな目を投げた気がした。
 桃次郎は向こうからやって来た白い小さな犬と戯れはじめた。
「爪は出さないでね」
 桃次郎のほうがずいぶんと強そうであることを不安に感じ、わたしはそう声をかける。桃次郎はすっと爪をひっこめた。
「あそこはいいんですのよ」
 白い小さな犬の飼い主は、ドッグランのようになった場所を目で示した。
「先を急ぎますので」
 わたしは引け目のような心情にとらわれて口走った。
 桃次郎がもうとっくに死んでしまっていることをわたしは知っている。そうでなければ、このような不思議な現象は起こらないはずなのだ。
作品名:成犬 作家名:順店