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のっぺらぼう

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 小学校三年の頃、誰かが墓石を金槌で叩くような「カーン」「カーン」という音で、私は深夜に目が覚めた。
 誰が何の目的で、こんな時間に墓石を叩いているのか不思議だった。
 最初は、石屋が墓の修理でもしているのかと思った。
 しかし、それならば日中にすればいい事だ。日中に出来ない理由があるとして、夜中にこっそりやっているとしても、これだけ音が響けば、すぐにばれてしまう。
 それにしても、家族の誰も騒がないところをみると、この音は私にしか聞こえていないのかもしれない。何故私にしか聞こえないのだろう。
 私は恐怖を感じながらも、その正体を知りたくて仕方がない。
 
 到頭ある夜、私は夜中に墓のある場所に行ってみた。
 如月の終わりでひんやりとしている。
 恐る恐る竹藪の中から墓場の様子を窺っていると、去年死んだ若い男の墓の前に、黒い着物姿の女が座っている。
 女は男の墓を、念仏を唱えながら金槌で叩いている。念仏の調子に合わせて、体を前後にゆすり墓を叩く様子は、何かにとりつかれている様に見える。
 私は花粉症であり、特にこの時期は症状がひどくなる。家を出る前にマスクをしてきたが、さっきから鼻がむずむずしている。
「ハ、ハッ、ハックション」
 我慢出来ずに大きな咳をしてしまった。
 女は私に気が付き、そろそろとこちらに歩いてくる。
 私は金縛りにあった様に、身動き出来ない。
 女が段々と近づいている。
 女の顔は暗闇でも浮かび上がるほど白く、目も鼻も口も無い。
 私は耳をふさぎ全身を丸くして硬くなっていた。
 女の気配が私のすぐ前にある。
 恐怖に震えていると、トントンと肩を叩かれた。
 私はギョッとして心臓が止まりそうになったが、心の中で「助けてください」と夢中で祈った。
「どうしたのケイくん」
 その少女の声に聞き覚えがあったので、少しホッとして目を開けると、そこに同級生のエリが立っている。
「オ、オッ、オマエ、どうしてここ、こここっここにいるんだよ」
 と震える声で私が言うと、
「そんな事ケイくんに関係ないでしょう」
 とふてくされた様に、エリはどこかへ行った。
 エリがいなくなると、又さっきの恐怖心が蘇り、慌てて走って帰るもいつもの場所に家がない。気が狂った様にそこら中を探し回るも家らしきものが見当たらない。これはおかしい。何かが狂っている。私はそう思うと、少しもじっとしておれずに、無我夢中で隣の親戚の家に駆け込むが人の居る気配がまるでしない。
 私は大きな声で「助けてぇー、助けてぇー」と何度も叫ぶも、森閑として反応がない。暗闇の中は深海の底の様に静かで不気味だ。
 私が泣きそうな顔で玄関口に佇んでいると暗闇の向こうの奥の襖が開き、そこから父親と隣のおばさんが出てきた。おばさんの顔がのっぺらぼうの女に見えて、私は叫び声を上げてそこから逃げ出した。
 夜道を泣き喚きながら走っていくと、道沿いの家から次次にのっぺらぼうの女が出てくる。
 私は「どうか命だけは助けてください」と祈りながら、必死に走り続けた。
 そうやって暫く走っていると、右手の山の麓にエリの後ろ姿が小さくぼんやりと見えたので、急いで追いつこうとするが、履いていた下駄の鼻緒が切れて上手く走れない。邪魔くさくなって裸足になって走ろうとすると、畦道の上に無数に這っている蛭を踏む足がぐにゃりと滑り上手く走れない。そこで立ち止まっていると蛭が足の上を這ってくる。瞬く間に無数の蛭が私の両足に取り付いて血を吸っている。必死で手で払い除けるも次から次に蛭が足の上を這い上がってくる。
 仕方がないので私は蛭を足に付けたままエリのところに走って行った。
やっとエリに追いつき、肩に手をかけ「たたたたたたたたたすけててくくくくくれーーーーーー」と言うと、振り向いたエリの顔中に蛭が吸い付いていた。
 
作品名:のっぺらぼう 作家名:忍冬