カンガルー
私は断崖絶壁に立っている。
私は何者かに追われて、逃げているようだ。
私を追いかけてくる連中の姿が、暗い広野の地平線の上に、小さな影になって見えている。
ここまで来るのに、そんなに時間はかからないだろう。
私の前方には、同じ高さの断崖絶壁があるのだが、私の立っている断崖から、目の前の断崖まで、肉眼で四メートル程の距離があり、その間は、奈落の底のような暗く深い谷がある。
私は迫ってくる連中を気にしながらも、飛ぶべきか止そうか迷っている。
私は幅跳びで、五メートル三十センチの記録を持っているが、この場合踏切りのタイミングが難しい。
手前の方で踏み切ると、向かいの崖に届かず、奈落の底に落ちてしまうだろう。
あまりギリギリ近くで飛ぶと、踏み切る段で足を滑らして、やっぱり奈落の底に落ちるかもしれない。
試走も出来ないから一発勝負だ。
しかしこのままここにいても、連中に捕まって殺されるのは、時間の問題である。
その時である。
カンガルーの群がやって来て、目の前の断崖を軽々と飛び越えていく。
私は最後にやって来たカンガルーのメスのボスに、
「私を一緒に、向こうの断崖に連れていって欲しい」
と相談した。
カンガルーのボスは、
「その相談を受けるには、高い報酬が発生するが、それども大丈夫か?」
と言った。
「報酬はいくらだ?」
と聞くと、
「そうね、一生分の草とキノコと言いたいところだけれど、一年分にしてあげるよ」
とカンガルーが、報酬をまけてくれたので、
「わかった。お安い御用だ」
と私は言って、カンガルーの袋に入った。
連中の姿が、肉眼ではっきりと見えるとこまで近づいていた。
カンガルーのボスは、ちょっとそこら辺を走って、私の重さを確認した後、難なくそこを飛び超えた。
私がカンガルーのボスに、事情を説明すると、
「それなら、私達が今から行くところまで、このまま乗っていきな」
と言ってくれたので、私は、
「それなら、草とキノコは、二年分あげるよ」
と言った。
これで私は、連中に捕まらずにすむと思った。