小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

大蛇

INDEX|1ページ/1ページ|

 

 私は何かの理由で追われて逃げており、気が付くと山の中に空き家があったので其処に入った。
 空き家は長い間人が棲んだ様子はなく、部屋の中はジメジメした感じで暗く、陰気な空気に覆われている。
 空き家に着いたのが夕方だったので、疲れていた私は、取り敢えず横になって眠った。
 一度夜中に何か物音がしたので、追手が来たのかと目を覚ましたが、人の気配はない。
 真っ暗な部屋の中に何かが畳の上を這っている様な音がする。
 月明かりが差し込む窓の下を大きな蛇が這っているのが朧気に目に入ったが、あまりの疲れから、意識が遠のくように、又眠りに落ちた。
 翌朝目を覚ました時、昨夜見た蛇の事が、夢か現実か分からなくなった。
 日中はどんよりと暗い部屋の中には、よく見ると蜘蛛、百足、ヤモリ、イモリ、ナメクジ、ゴキブリ等がウヨウヨ這っている。
 昨日見た大きな蛇の存在が気になり、家中探してみたが、何処にも見当たらない。
 やっぱり夢だったのかと思った。
 私は此の空き家で生活しようと食べ物を探しに周囲の山に出た。
 木の実や草等食料になりそうなものは何でも採った。
 沢水が流れていると水筒に入れて持ち帰った。
 空き家に帰ると、暗い家の中に女がいた。
 私は吃驚して、玄関に突っ立ったままでいると、
「そんな処に立っていないで、中へお入りなさい」と、女がやっと聞き取れるくらいの低い声で言った。
 着物姿の女は、三十代前半ぐらいの瓜実顔の美人であるが、何処か冷たい感じがする。
「此処は貴方の家なんですか? 私は空き家と思って、昨日から此処で休んでおりました」
「知っています。私も暫く家を空けていて、十数年ぶりに帰ったものですから。貴方さえ嫌でなかったら、どうぞ此の家をお使い下さい」と、女が小さな声で言う。
「それは有り難い。実は私、今、言われなき罪により何者かに追われて逃げておりまして、追手が来る迄暫く此処で身を隠させて頂ければ幸いです」
「それは大変ですわね。どうぞ貴方が居たいだけご自由に棲んで下さい」
 女はそう言うと隣の仏間に移って行った。
 此の家は玄関を入ると土間があり、その横に居間、襖を隔てて仏間だけの小さな日本家屋である。
 私は追われる生活の為気が休まらず、熟睡も出来ず、夜中にも何度か目が覚める。
 目が覚めると暫く目が冴えてくる為、その間考え事をする。
 隣に寝ている筈の女の様子が気になるが、コトとも音がしないし寝息も聞こえない。
 時々天井から、鼠が這っているのか、ドサッドサッという様な物音が聞こえた。
 ある日、私が山で食料を探していると、追手らしき者が遠くの方に見えたので、空き家に帰った。
 空き家には女が座っている。
 此処数日間、女は昼間、居間にじっと座り、夜は仏間で物音を立てずに過ごした。
 女とは、初めに口を利いて以来話したことは無かった。
 女には話しかけ難い雰囲気があった。
「今、追手が近くまで来たようなのですが、何処かこの家の中で身を隠せる場所は無いですか?」
「なら、天井裏に隠れなさい」
 と女が言った。
 天井裏は、何か異臭がした。
 目が慣れてくると、そこには蛙や雛等の死骸が散乱していた。又、無数の虫がウヨウヨ這っていた。
 暫くすると、追手の男達が家にやって来た。
 女に、こういう者が此処に来なかったかと、私の似顔絵を見せて聞いている。
 女が、来ていないと言うと、追手の一人が、
「この男は、何人もの女を殺した極悪人だから、此処に来たら絶対に入れてはいけない」
 そう言うと、去って行った。
 私はどうやら女殺しの下手人の様である。
「もう大丈夫ですよ」
 と女が言うので、私は天井裏から降りて行った。
 
 その晩の事である。
 私は明日にでも又、何処か別の所へ逃げて行く様寝ながら考えていた。
 夜中に女が、仏間から襖を開けて居間に入って来た。
「ちょっと、いいですか?」
 女が何時もの低い声で言った。
 私も起き上がり、女の前に座った。
「実は、私は貴方に本当の事を言わなければいけません。貴方は、私を数年前に殺した女であることも、思い出せないようですね。それは貴方が、今迄数え切れないほどの女を殺して来たから、私の顔を思い出せないのでしょうね。私は貴方が此処に来るのをずっと待ち続けていたのです。貴方が憎くて、憎くて、憎くて、憎くて、怨んで、怨んで、殺したくて、殺したくて、食べたくて、食べたくて、ずっと、ずっと、待ち続けていたのです」
 女はそう言うと、何時か見た大蛇に変身するや否や、吊り上がった目を怒りの炎でぐらぐら燃やしながら、大きな口を裂ける程開き、私を一飲みにした。
作品名:大蛇 作家名:忍冬