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短編集 くらしの中で

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月を見上げるようになった理由



月の写真を撮り始めて一年位経った。
昏い空に月が出ていると、よっしゃーという気持ちになり、カメラと三脚を持ち出して庭のアプローチ辺りに座りカメラの設定をして月に焦点を合わせる。

今はもう撮れるかどうかの不安はなくなり、月齢の表示のある暦を見て月の名称を確認する。写真をブログにアップロードできるのは知名度のある月の形のとき。
満月、上弦、下弦の月、望月、三日月、十三夜の月など。

月ごとにこれらの月の形は日にちが変わるので、毎日暦を見て月の形を確認するのが楽しみになっている。

今夜も昏くなって庭に出たとき、空には上弦の月の続きの曖昧な形の月が真上から光を放っていた。傍には付き人のように大きな星が一つ、これも強い光で輝いていた。空全体を見回すとあちこちに星が出ていた。


見上げながら、ふと、寂しい気持ちでなく無心に観ている自分に気が付いた。胸の内がすーっとするような爽やかな気分だ。最近はいつもこんな感じで月や星を眺めてるなと思った。


若い頃はあまり夜空を仰ぐこともなかったが、たまに月や星を見上げるときはさびしい気持ちが胸の内を通り抜けた。若いので今よりも身体もしっかりしていたし、容貌もきれいだったのにどうしてあんな気持ちになったのだろう。

煩悩のなせるわざ?
多分若い時に空を見上げるときは辛い気持ちを抱えていたのではなかろうかと想像する。それに引き換え、今は未来への期待もなく、自分がここに独りで立っていられることがうれしいと思う。まだ大丈夫・・という自己確認をしている自分がいる。

早々と亡くなった同級生や年下の従弟たち。現世に居る者の中には病気で苦しんでいる人がいて、亦そういう配偶者を持っている友もいる。

今の疫病を憂う全世界の人たち。先が見えないし、日々の死者も多く出ている。
これはどうあがいたって仕方がない。死を迎える気持ちと同じだ。

そういう状況の中で生きるということは、自我を捨てなければならない。
こうなりたいという希望よりも、現在の世情の中にいる今の自分の状況を受け入れて生きること。

空を、月を、星を見るとき、寂しさを感じることなく観ている自分はこのような心境にあるからこそなのだ。


  完
作品名:短編集 くらしの中で 作家名:笹峰霧子