君は愛しのバニーちゃん
レッツ、いちご狩り!
「なぁ、なぁ〜。最近、瑛斗ってやけに付き合い悪くね? 前は合コン三昧だったくせに、もう二カ月は行ってないよなぁ……。お陰様で、俺は枯れる一方だよ……」
恨めしそうな顔を見せながら、首を直角に曲げて俺の顔を覗き込む健。まるで、壊れたブリキの玩具だ。
「なんだ……健、知らないの? 瑛斗はね、今本気の子がいるから無理だよ」
「なんだよ、チクショー! やっぱ、彼女がいるのかよっ!」
「いや……。まだ、彼女ではないらしいんだけどね?」
「えっ?! あの瑛斗が、狙った女とまだ付き合ってないとかっ! そんな事あんの?! えっ! 大和、その女見たことある?!」
「いや、『うさぎちゃん』って名前しか知らない」
「……あっ! その名前! 俺もこの間聞いたっ! おい、瑛斗! 誰だよ、その『うさぎちゃん』て?!」
興味津々といった感じで、俺を見つめる健と大和。
(……そんなに見つめたところで、お前らに会わせる気なんて、微塵もないけどな)
「……史上最強に、可愛い天使だよ」
「……えっ?! お前が、天使とか言っちゃうわけ?! 俺のエンジェルを、バカ呼ばわりしたお前がっ?!」
チラリと二人を流し見れば、さも驚いたような顔をさせている健。
大和はといえば、それは面白そうにニヤニヤとしている。
「へぇー。随分とご執心なようで。……で、いつそんな子と出会ったの?」
(フッ……。そんなに聞きたいなら、聞かせてやろうじゃないか。……あの、天使が舞い降りた、穏やかな午後の日のことを……)
「あれは……満開に咲き誇っていた桜が見るも無残に全滅した頃の、ある日の午後だった……」
「なんだよ、そのナレーションみたいなの。……しかも、下手すぎ」
「煩い! 黙って聞けっ!」
ーーあの日。
バイトでやっているモデルの仕事がドタキャンになり、大学に行く気にもなれなかった俺は、そのまま真っ直ぐ家に帰ることにした。
その日は何の気まぐれか、いつもなら絶対に通らないはずの道を歩いて帰っていた俺。
いや、無意識に導かれていたんだと思う。
普段なら、絶対に歩かない時間帯に、絶対に通らない道のり。
あの時は気付けなかったけどーー
あれはきっと、運命だったんだ。
ふと、何気なく通りがけに公園を覗くと、天使のような無邪気な笑顔を見せる、それはそれは可愛い女の子がいた。
立ち漕ぎでブランコに乗る姿は、羽を広げて天を舞う天使のよう。
俺は吸い寄せられるようにして天使へと近付くと、そこで、雷に打たれたかのような衝撃を受けた。
『キャーーッ!!! 大丈夫ですかっ?!!』
『えっ?!! 何この人?!! 今、自分からぶつかって来たよね?!!』
「……いや、それただブランコにぶつかっーー」
「煩い! 黙って聞けっ!」
地面に寝転がる俺を心配そうに見下ろすその姿は、まさに地上に舞い降りた天使。
『あ、あの……。大丈夫、ですか……?』
『やめなよ、美兎っ! この人、絶対危ない人だよ! 格好だって、ホストみたいだしっ! 変な因縁つけられるよ!』
『で、でも……。倒れてるのに、放っておけないよ……』
『放っときなよ! 勝手に自爆してきたの、この人だしっ! 怖すぎっ! しかも、なんか笑ってるし! キモッ!』
なんだか酷い言われようだったが、そんなこと俺にはどうでも良かった。ただ、目の前に広がる光景に酔いしれていたんだ。
(なんて最高な、アングル……)
『……パン……ッ』
『ぱん……?』
『……?! 美兎の持ってる、パンじゃない?! 早く、それ渡して行こっ!』
天使の持っていたパンを奪い取ると、俺に向かって雑に投げつけた堕天使。改め悪魔。
そのまま天使の腕を取ると、足早に俺の元から去っていく。
一人残された俺は、その場から動くこともできずに、ただジッと、先程見た残像を眺めていた。
パンツ越しに見えた、麗しの天使をーー。
「パンツが良かっただけじゃねーかよ!」
「……ちげーわっ!」
「いや……今のお前の話しからは、パンツへの熱意しか感じられなかった」
「っざけんな! 俺の純粋な気持ちを、みくびるなっ!」
「……ま。パンツなんて、腐る程見てきただろうし? 瑛斗にしたら、どーでもいいよな、そんなの」
「……おいっ!! うさぎちゃんのパンツは、別格だ!!!」
「やっぱパンツかよ……」
「ダァーッ!! ちげぇーつってんだろ?!」
俺の純粋な気持ちを全く信じようともしない二人に、呆れて溜息が出る。
(俺は純粋に、うさぎちゃんに恋してるんだっつーの!)
「……で、たまたま運良く親同士が知り合いで、家庭教師をすることになったんだ?」
「バーカ。運良くじゃねぇよ。運命な、う・ん・め・い!」
「あー、はいはい。……で? いつ会わせてくれるの? 『うさぎちゃん』に」
「は? お前らに会わせるわけねぇーだろ!」
「はぁ?! なんでだよー! 『うさぎちゃん』のお友達、紹介してくれよ〜!」
「ふざけんなっ! いちごのパンツは、俺だけのもんだっ!」
「は……? いちご? え、高校生ってそんなパンツ履くの? なんか萎えるわぁ……」
「バカ言え! フル勃○だろっ!」
神聖なるいちごのパンツの良さがわからないとは、なんと哀れな健。
(俺なんて、想像するだけで今にも昇天しそうだわっ! ……まぁ、それも美兎ちゃん限定でなんだけど)
「じゃ、俺もう行くわ」
美兎ちゃんの顔を想像するだけで、思わず顔がニヤケてしまう。
「……あー。今日もカテキョ?」
「そっ。レッツ、いちご狩り!」
「いちご狩りって……。カテキョだろ」
ルンタッタ・ルンタッタとスキップで走り去る俺の背に向け、呆れ顔の大和は小さく溜息を吐く。
その横で、「やっぱ、パンツじゃねぇかよ」と小さく呟いた健の声は、俺の耳に届くことはなかったーー。
作品名:君は愛しのバニーちゃん 作家名:邪神 白猫