妻を殺した理由
私は警察署の留置場にいる。
どうやら私は、妻を殺害したらしい。
何故こんなことになったのか、思い出そうとしても、はっきりと思い出せない。
妻は、ある峠の中腹から車ごと海に転落した。
私と妻は、その日ドライブをしていたようだ。
普段通ったことのない道を、しかも深夜に。
峠の中腹に来て、私だけ車から降り、その直後に、妻は車ごと崖下の海に転落した。
私はその後、フラフラ峠を歩いていたところ、通りかかった車に拾われた。
私にはその前後の記憶がない。
警察で取り調べを受けている時、妻が死んだことを初めて知ったのである。
刑事は、私の計画的殺人だと言う。
検視の結果、妻の体内から大量の睡眠薬が確認された。
大量の睡眠薬を飲んだ後、車を運転するのは不自然だ。
お前が現場まで運転し、眠っている妻を運転席に座らせ、峠から転落させた。
こういう説明を取調室で刑事から聞かされた。
妻を何の為に殺さなければならなかったのか。
妻に不満もなかったし、結婚二年目の夫婦としては、ごく当たり前の円満な暮らしだったと思う。
見合い結婚だった私達は、今までに喧嘩らしきものをしたことがなかった。
妻は明るく純粋で、隠し事の全くできない性格だった。
妻はそろそろ子どもが欲しいと、言っていた。
円満でなければ、そんなことは言わないだろう。
留置場で、眠れないまま、ずっと考え続けた。
私に唯一不安があるとしたら、妻が結婚する前に付き合っていた男のことぐらいだ。
男とはきっぱり別れている、と妻は言ったが、男は妻に未練があるらしかった。
私は妻が結婚後、男と一度だけ会った話を聞いた。
それはあまりにも、男がしつこく付きまとうから、最後に会って、ちゃんと話を付けて、自分への未練を断ち切らすための、妻のけじめとしての行為だった。
「お前のことが忘れられない。お前のような女はいない。最後に、もう一度だけ、抱くことができたなら、俺はきれいさっぱり、お前のことを忘れる」
と男が泣きながら、哀願した。
男の自分への未練を、何とか断ち切らせようと、妻は最後に体を許した。
そうだった。
私はドライブの前日、泥酔した妻からこの話を聞かされ、逆上した。
この話をした妻にも、激しい憎悪が沸いた。
その夜妻に、睡眠薬を混入したお酒を飲ませた。
眠った妻を車に運び、私はどこをどう走ったか、思い出せないほどの錯乱状態のまま車を運転した。
気が付くと峠のある場所に、止まっていたのである。
刑事が話した通りである。
私は妻を愛していた。
しかし、私には妻を満足させることが出来なかった。
私は重度の糖尿病患者だった。
妻はそのことで、私に不満を述べることが無かったが、満たされない気持ちがあり、男と会ったのであろう。
そう思うと、やりきれなかった。