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炬善(ごぜん)
炬善(ごぜん)
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CoC:バートンライト奇譚 『毒スープ』後編(上)

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11、野菜、スープ、毒、そして……




 《小娘》の部屋に取り残されたバリツは、呆然としたまま動けなかった。

目の前に、あの幼女はもういなかった。
錆びた鉄の香りと、空虚だけが、部屋を満たしていた。
光源は頼りない燭台のみだった。

「……あの光景は……」力なく呟く。
「そんな……そんな……――っむ、ご……!」 

 突然の吐き気に、バリツはその場にえずいた。
嘔吐は免れたが、このまま気を失ってしまいたかった。目の前のレンガの床に倒れ伏してしまいたかった。

ワケが分からなかった。理解などしたくなかった。
 だが、バリツは理解してしまった。信じがたい事だというのに。

「なぜだ……どうして……」

ああ、どうしてありえようか?
自分の記憶が――最も大切な思い出が間違いだったなどということが。
“記憶が改竄されていた”などというようなことが。

 カランっ。カラカラカラ……。

左側から、何かが転がる音がした。
まるで「考えている場合じゃないでしょ」とでもばかりに。

ゆっくりとそちらを見遣ると、ガラス細工のような何かが、コロコロと転がっているではないか。
力の抜けきった手足で這い寄り、バリツはそれを拾い上げる。小さな注射器らしかった。
あの幼女からの贈り物だろいうのだろうか?

「……これは――」 

 ドンドンドン!

「バリツ!」唐突に背後のドアが激しく叩かれ、我に返る。
「大丈夫か!? 返事をしろ!」斉藤の声だ。

 幼女に会う直前、即ちこの部屋に飛び込む直前の出来事と言えば……。
突如現れたゲル状の怪物に斉藤が取り込まれ、バニラは反対側の調理室に忍び込んだということ。

「そうだ、二人は……!?」

 幼女が見せた光景のショックは到底拭えなかったが、二人の安否は、あまりに気がかりだった。

 よろよろと立ち上がり、部屋を飛び出す。
しかしながら、直後に立ち止まった。
 ドアをあけてすぐの所を毛皮と筋肉の壁が塞いでいたのだ。

「はっ!?」

見上げると、たくましい胸板のてっぺんに、ゴリラ巨人・斉藤貴志の顔。体は巨大なゴリラそのものなのに、頭だけはバリツが知る斉藤そのものであることは、何度見返しても、なんともへんちくりんであった。

「バリツ~!」斉藤はバリツの肩をバンバン叩く。手加減はされてるはずだが、とんでもない力だ。
「ぐぇ、ぐぇえ!?」
「なかなか出てこねえから心配したぜええ!」

 感極まった様子の斉藤は、そのままバリツの肩を前後にゆさぶりはじめる。(やめて! 斉藤君! さっきゲロ吐きそうになったばかりなの!)

「斉藤。そのへんにね」

斉藤の巨体の背後からバニラが歩み寄ってくる。

「バニラ君――」

バリツの目には、彼が斉藤を見放していたように映っていたことも否定はできなかった。だが、こうして斉藤が無事である今、どうやらその憶測は邪推に過ぎなかったのかもしれないと思った。

なんだか気まずい気持ちを覚えながら中央の円卓の血時計をみやると、すでに半分を切っている。
すべて落ちきるまで残り30~40分ほど、といったところか。余裕があるとも、ないとも言えない残り時間だが、タイムリミットが存在することを改めて痛感させられた。

「そうだ私は――」後ろ手に閉じた小娘の部屋をちらりと見遣りながら問う。「……どれくらいの時間この中にいた?」
「5分も経ってないと思うよ」

 5分も経っていない。血時計を考慮するならば、ほっとすべき所だが……あの5分間の間に、あまりに多くのことが起こりすぎた気がした。

(あれだけの情報量が――たったの5分の間に?)

 ともあれ、確認しなければならないことがあった。

「どうやら二人とも無事だったみたいだが……一体何があったのだ?」

「あのスライムが出てきたトリガーを考えたんだ」バニラは淡々と解説する。「あの怪物はそれまでいなかったのに、書物庫から出たら気づけばいた。けど、俺やバリツが始めに入ってから出たとき、あのスライムは出なかった」

「ということは……」

「書物庫から本を持ち出すと、出てくる敵。そう結論づけたんだ。だから、あの本の中の鍵だけは回収して、バリツが書物庫から持ち出した本は瓶ごと戸棚に戻した」

「そしたら、あのくそったれのスライムはいなくなった、ってワケだ」
 
バニラが本を戻した瞬間、あのスライムは瞬く間に斉藤から離れ、扉の形を成して元の場所に収まったという。
つまり書物庫の扉の正体は、液状の怪物であり、扉はそれが擬態した姿に過ぎなかったのだ。
どうやらバリツが本を持ち出したのをきっかけにそれは変化し、人知れず天上に移動。そして斉藤を急襲した……ということらしい。

「――なるほど……」

「いや~それにしてもようっ! ウホウ!」斉藤は思い出したとばかりに唸る。
「あとちょいであのスライム野郎を飲み干してやってのによう!」

「それは無理じゃないかなー……」

「うう、しかし、本を丸ごと持ち出したのが悪手だったということか……」
「まあ無事だったからよかったけどね。バリツは死んだものと仮定して動くところだった」
「は、ははっ……」

 バニラの口調は、思いなしか幾分柔らかく思えた。ただしその言葉には文字通り、嘘は一切なかっただろうけど……。

「それよりバリツよ、大丈夫だったのかよ? お前、俺が全身を切られたあの部屋に入っただろ?」
「う、うむ」
「あの部屋で何があったんだ? めっちゃ顔が青いぜ?」
「それが……」

 バリツは言いよどんだ。どこからどう――説明したらいいのだろう?
 そこで、バニラが頷く。
言葉にできないほどの何かを体験したということを察した――というのも感じられたが、それ以上に時間を無駄にはできないと判断したのだろう。

「――気になるけれど、少なくとも、収穫はあったみたいだね」

 バニラはバリツが手にしていた注射器を見て言う。

「なんだそりゃ? 注射器か?」
「あ……うむ……」

怪訝な顔の斉藤に、生返事で返してしまう。これを手にする前にあまりに多くの情報が殺到しすぎて、手に入れた実感すら浮かんでいなかったのだ。

「とにかく、バリツが出てこない間に、調理室で用意できるものは用意しておいた」
「ウホッ! 調理室は安全なはずだぜ」


バニラと斉藤に促され、調理室へ足を踏み入れると、そこは他の部屋とは全く異なる様相だった。

他の部屋よりも若干狭く、巨大な斉藤は壁に張り付くように身を縮ませていなければならなかった。 

天上の白色電球に照らされた、現代的な、ピカピカの白い壁。こぎれいな戸棚。

そして、あの液状の化け物が出現する前に聞いたとおり、清潔なコンロ付きキッチンに、簡素ではあるが大きな冷蔵庫まで設置されているではないか。どこからどう電気やガスが通っているかについてはこの世界で考えても仕方がないだろうと、バリツはすぐに察した。
 
台所を見遣ると、必要となるであろう道具や食器一式が並べられていた。元から陳列されていたものもあるかもしれないが、半分はバニラと斉藤が準備してくれたものだろう。

まな板。
(バニラが植物人間を倒した時とは異なる)薄手の包丁。
盛り付け用の皿に、スプーン。
植物人間を通して手に入れた「野菜」。