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炬善(ごぜん)
炬善(ごぜん)
novelistID. 41661
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CoC:バートンライト奇譚 『毒スープ』前編(下)

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8、書庫の罠




 礼拝堂を抜けて、中央の部屋に戻った二人が真っ先に確認したのは、円卓の上の砂時計――もとい、血が少しずつ滴る血時計だ。

 先ほどよりも、時計の底に明らかに血液が貯まっているではないか。
 四分の一以上は満ちているだろう。

「バニラ君。この様子では、トータル90分ほどで満ちるといったところか?」
「いや、もうちょっと早いと思う。それに、ある程度滴ってるしね」
「やはりお迎え、とやらのペナルティが気がかりだ。急がねばなるまいか……」
「焦りは禁物だけどね」


 簡素なやりとりの末、二人は別行動を取ることにした。
 バリツからレシピを受け取ったバニラが、調理室を。
 古風な書物に触れる機会も少なくない冒険家教授たるバリツが、書物庫を。
安全とは言えないが、効率を重視するならば他に選択肢はなかったのだ。

「俺はバリツから受け取ったレシピを見ながら、調理室を見てみる。書物庫はみた感じ古い本が多くてね……冒険家教授がみる方が分かるものが多いかもしれない」

「了解した、バニラ君。それから――」
 ちらりと小娘の部屋を見返す。扉は閉じており、刃を研ぐような音は依然としてずっと中から聞こえている。

そして、広がりきった血痕は依然として残っていた。

「小娘の部屋は……?」
「ダメだ」バニラは即答する。
「あの部屋に入ったらどうなるかは、斉藤が教えてくれた」
「……うむ」
ストレートな事実を告げるその言葉はどこまでも淡々としていたが、彼に悪意がないことをバリツは知っていた。目の前の成すべきタスク、事実、倫理や私情。それらを完全に切り離して考えることができる――それがこの若者、菓子バニラという人物なのだ。
しかしながらそんな彼も、斉藤の犠牲に思うところがあったのだろう。

「早いところクリアしてしまおう。この茶番劇を」
眉をひそめながら語ったバニラに、バリツは頷いた。
「――ああ。望むところだ」

バニラが調理室へ向かうのを受けて、バリツも書物庫へ向かう。
だが途中、今一度「小娘」の部屋に眼を遣った。
錆びた鉄の扉の下に広がる、血の池。絶望的な出血量。

(斉藤君……)
 
小娘の部屋についてはあまりに不可解だった。あるいは本当に一人を犠牲にして、調理室の怪物を処理するためだけの部屋である可能性は否めなかったが――。

 毒入りスープを飲み干し、死ぬことで生還できるという矛盾だらけのこの世界では、斉藤が本当に死んだとは限らない。それがバニラの考察だ。それでもなお、つい先ほどまで近くにいたはずの斉藤の不在は、恐ろしい空虚感をもたらした。

 だが、立ち止まっている場合ではなかった。
望まずとも、今はスープを作り上げるしかないのだ。

バリツは深く息を吐いて、書物庫のドアを見やる。斉藤の叫びを受けて飛び出した部屋のドアは、半開きとなっていた。

薄暗く、埃っぽい書物庫に足を踏み入れると、バリツは中央のテーブルに置かれた蝋燭の明りを頼りに、改めて当たりを見渡す。

足下の絨毯や、三方の本棚については入ってきた時に把握していた。

だがよく辺りを見渡すと、四方の角それぞれに、長い蔦を持つ植物が弧を描く形で密生していた。長いこと育ち続けたとしか思えないサイズだ。建物の中にしては奇妙だった。

「何故こんなところに植物が……?」

訝りながらも、バリツは本棚を調べ始める。

本棚は、グーテンベルク聖書――書物の歴史において欠かせない、活版印刷術の象徴といっても過言ではなかろう代物――めいた背表紙がずらりと並んでいた。つまり、現代風ではない、古風な冊子本が満載されていたのだ。

(ラテン語や英語めいたタイトルの本もあるが、どうも今回の件と関連が見いだせないものだらけだ。ひょっとすると、ほぼすべての本が単なるカモフラージュなのか……?)

背表紙の配色は群青、赤茶色、深緑の三色を中心に、どれも似たり寄ったりだった。小さいタイトルの文字から読み取れるジャンルも雑多で、スープ作りや此度の怪異に明らかに関係がないものがほとんどだった。 

おまけに薄暗かったから、背表紙を一冊ずつ確認するにもいちいち、灯りを自身の影で遮らないよう注意しながら、しかも間近で観察する必要がある。めぼしい書物を見つけるのは難航するかに思われたが――。

「うん?」

2分ほど経つ頃、入り口から左側の本棚にて、ふと、気がかりな一冊を発見した。
よく観察すると他の本と比べてどこか角張った一冊。

思い切って引き抜くと、それは大きな辞書めいた代物。金の細工も窺えるではないか。すると、本の中からチャリンと音がした。

「何の音だろう……?」

バリツは柔らかくも分厚い紙のページをそっとめくる。
そもそもバリツは英語やラテン語に秀でているワケではなかったから、詳しく読み解くならば資料が必要になる。眼を通す直前も、その懸念はすぐ浮かんだ。
だがその中身は日本語だった。見覚えのある筆跡で、こんなことが書かれていた。


 「スープの夢について」
『円卓の部屋』 はじまりはここから
『調理室』 料理を作るならやっぱここ
『礼拝堂』 神様はみてるよ
『書物庫』 今ここ 
『小娘』 入ったら罰が待ってるよ!


 どうやらそれぞれの部屋の解説が書かれているようだ。
 最後の行であることも大きいのだろうが、小娘の部屋だけ、露骨に恐ろしいことが書かれているのが、真っ先に印象付いた。

「入ったら……罰……」

 小娘の部屋の存在がますます不可解になる。
 あの部屋は暗闇。何かを引きずる音。
 そして入ったらどうなるかは怪物と……斉藤の姿によって示された。あれが罰だったというのだろうか? 
では、《小娘》とは結局、どういう意味なのだ?

 疑念はつきないが、ページにはまだ続きがある。
ページを一枚めくると……


「狩り立てる恐怖」
調理室の化け物はもう見たかな? さあ君はどっちだ!?
☆まだ見てないよ!⇒開けたらすぐ飛び出してくるけれど、誰かを飲み込めば消えるよ! 急いで生け贄を用意するんだ!
☆見ちゃった!⇒ひょっとして、一人はもう死んだかな? 残念でした!


 なんと、調理室の中の怪物について言及されているではないか。
 バリツは一瞬絶句したが、まもなく湧き出でてきた感情があった。
怒りだ。

「残念でした……だと?」

 このゲームの主催者は、我々をおちょくっているのだろうか?
 まるで、調理室に入る前にこの本を、このページを発見できなかった自分たちを嘲っているようではないか。
 人の命を――斉藤貴志の命を、なんだと思っているのか。

 苦々しい気持ちで、ページを更にめくるが、先のページはくりぬかれており、できたくぼみには小さな瓶が入っていた。くぼみ周りは完全な白紙だった。
 小瓶の中身は、中指ほどの長さの鍵だった。

(何の鍵であろうか?)

 ともあれ、バニラに情報を共有しなければならない。
 バリツは本をそのまま閉じると、入り口へと振り向いた。

「――ん?」

 入り口に向かって立ったとき、左右の角の異変に気づいた。

 そこらに密生していた植物の場所が、微妙に変わっているのだ。