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化粧のキミ

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まだけだるさを感じながら 二人分の温もりが残るシーツの波の中にいる。
いつだって船長のキミは、次の航海の為に素早く行動を起こす。

「ん?なあに」
鏡に映るキミを 背中越しに見るボクに訊く。
抱けばしっかりと意思を持つ背中が すこし小さく見える。
「いや なんでもない」
「ん。」と声を発するだけで目を少し和らげる。
シャワー後のキミが 洗面所の鏡に向かい、小さなポーチの中から小さなボトルに入った液体を顔につける。両手を 何度も頬に優しく当てながら、目を閉じる。
さっきの事を思い返しているのだろうか?
「恥ずかしいなぁ」
鏡越しにキミの視線が ボクに届いた。
「いいじゃない」
「ん。」と また声を発し目を少し和らげる。
別に化粧をしている女性を見ることに興味を持っているわけではないが、その仕草の中に 縺れあう時にはないものを見たときの衝撃は 心の芯が起つ気がする。
体の反応とは違う不可思議な高揚だ。

「あ、ねえ訊いていい?」
「ん、なあに?」
キミが 目元に色を挿し、その瞼の端に生えそろう睫毛にちっちゃなブラシを撫でつける。
「それってなんだっけ?」
「これ?マスカラ。目元ぱっちりしないと 目、何処?って」
照れ笑いのようにクスっと笑った。
「続けて」
「恥ずかしいなぁ」
「いいから。時間過ぎちゃうよ」
キミがまた洗面台に向かい 大袈裟でなく手を動かし始めたのをボクは見ていた。
澄ましたように口角のあがる口元は さっきまで感じるままの彩を発していたのに 無色透明な冷静さを見せている。

ボクの知るもうひとりの女とは違うキミの姿。
なにが?
ボクの頭の中に数度見た妻の化粧する光景が浮かんだ。そういえば、電車の中で恥ずかしげもなくしていた女子も。通勤の朝に 前の自動車内でルームミラーに向かいしていた女性は口を開けたり、鼻下が伸びたり。
そうだ。
瞼を裏返すように ぼんやりとした目つきで ぽかんと緩んだ口が開いていた。

ボクは、可笑しなことに自分の睫毛に触れてみようと指を近づけた。
うっ。
目をこする時の感覚とは違うのか 睫毛と指の距離感を誤り、中指の爪で目を突きそうになった。
一瞬、鏡のキミがこちらを見た気がして ボクは目を逸らした。
もう一度、可笑しいが もう一度触れることを試みた。
口を開けることは避けられたが、やや鼻の下が伸びた気がした。
(なにやってんだぁ)
こみ上げる笑いをかみ殺すように 握った拳で鼻先を押さえ、鼻上に皺を寄せた。

しまった。見逃したか?

またキミの化粧の続きに見入った。
やっぱり 口は開いてない。どういうのだろう……。目元の化粧をする時は、みな口を開けてバランスを取るものなのではないのだろうか?
どうでもいい。どうでもいい事なのだが 今、関心がそちらへ向いてしまっていた。
キミのその仕草が 妙に惹きつけた。
愛おしく感じているからとしても 仕草や所作に高揚することなど ボクの中にはなかった気持ちだった。それに気づけたボクは、人としての貴重なことかもしれないと 幸せな気分になれた。
それを 盗み見るような罪を少しだけ感じながら……。
口元は、覆い被せたくなるくらい小口で ツンと上唇の山が尖っている。
片目を瞑り、アイラインを引く。開けたその目は大きく変化することはなかったが、逢った時の表情に戻していた。
「お待たせ」
台に置かれていた化粧品は ポーチに納められ、髪や服装を整えたキミが振り返った。

「あ、あぁ」
ボクは、ベッドから抜け出し、テーブルに残ったペットボトルの麦茶の飲んだ。
キミは、その残った波を平坦にのばし、ボクのシャツやズボンを置く。
身支度をするのをただ待っているキミ。。

もうキミに触れちゃいけない。
それは ボクが決めた事。
そうしないと またボクは…… また始めそうだ。

キミが揃えた靴を ボクが、キミが、履いた。
「またね」
扉を開け、それが閉じる時、手を繋ぎ、そして離れる。



     ― 了 ―
作品名:化粧のキミ 作家名:甜茶