元カノ
私は過去世において、殺した女があるらしい。
何故そう思うかというと、明確な理由はない。
ただ仏教の教義をお寺で聞いている時、心で感じてしまったと言うだけのことだ。
以来悉く、夢にその場面が浮かんでくる。
毎回詳細に同じ夢を見るため、細部にわたり夢の内容を、話すことが出来る。
その夢とは、次のような内容である。
私は親の勧めにより見合いをした。
相手が私を気に入り、結納する運びとなった。
私は気が弱く、本心では結婚したくないことを、親にはっきりと言うことが出来ない。
段段結婚話が進んで行くにつれて、私は焦っていた。
何とか結婚しない方法はないかと考えていた。
その相談を元カノにしているうち、又元カノとも付き合うようになった。
元カノが妊娠してしまったことで責任を問われ、追い詰められた私は、元カノを殺してしまった。
いつも深夜に見る夢では、元カノの首を絞めて、彼女の目が白目に変わり、 「ウゲェ」と叫ぶ元カノの声に私が絶叫して、目が覚める。
いつも背中がびっしょり濡れている。
何度見ても、覚め際の恐怖と後味の悪さに、二度と眠ることが出来なくなる。
その後私は、結局許嫁と結婚をし、子どもも二人出来た。
それなりに幸せに暮らしていた。
当然、元カノのことは、一日も忘れることはない。
ある雨の晩秋の宵、喪服を着た髪の長い女が訪ねてきた。妻と二人の子どもは外出していなかった。
女の顔は雨に濡れた長い黒髪に覆われ、誰だかわからない。
女は要件も言わず、震えながら黙って玄関に立っている。
私はずぶ濡れの喪服姿の女に、
「何か御用ですか?」
と聞くも、女は何も言わず、黒髪の奥から私の顔をずっと見つめている。黒髪の間から幽かに見える女の目に見覚えがあるように思う。
長い間、黙って立ち続けている女が、
「貴方にどうしても、謝らなければいけないことがあります。私は過去世において貴方に嘘をつきました。貴方の子どもを妊娠したと言いましたが、そのことは嘘だったのです。私は貴方を困らせようと思い、嘘をついてしまったのです」
と言った。
私は驚いたが、その刹那、女が元カノであることに気がついた。
「しっ、し、しかし、お、おっ、俺は、お、お前を殺したではないか?」
と私が狼狽しながら震える声で言うと、
「それは、あんな風に言われると、気の弱い貴方が追い詰められて、逆上して、どうなってしまうかが、私にはわかっていたのです。私が悪いのです。貴方を殺人者にしたのは私です。だから私は、貴方にそのことを謝りたくて、やって来たのです」
女はそう言って、シクシクと長い間泣き続けた。
そして、最後の最後に、あまりの恐ろしさに腰を抜かす程の、恐ろしい目をして私を睨んだ。