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当選御礼

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新型ウイルス騒動も落ち着いたある日、T氏の元に一つの郵便物が配達された。差出人は携帯の契約をしているソフ○バンク。宛名はもちろんT氏になっていて、ご丁寧なことに書留郵便だった。封筒には赤字でプレゼントキャンペーンご当選のお知らせとある。期待に胸を膨らませて開けてみると、そこにはコロナウイルス終息記念キャンペーンにT氏が当選したことが記されていた。
「おめでとうございます。このたびのコロナウイルス終息を記念して、ソフ○バンクでは契約者の方々を対象に厳選な抽選を行なった結果、当選されました。つきましては、ほかに当選されました9名の方と当社主催のスペイン・イタリア1週間のツアーにご招待させていただきます」
 ほかにもこまごまとツアーの詳細などが書かれていたが、訝しんだT氏はすぐさまソフ○バンクに問い合わせた。もちろん案内状に記された電話番号ではなく、ネットで調べた大代表へ電話を掛ける抜かり無さだ。
 問い合わせの結果、正真正銘ソフ○バンクが実施しているキャンペーンの当選者に間違いはなかった。

 ツアー当日、成田の集合場所に行くとほかの当選者9名はすでに揃っていてT氏が最後のようだった。
 ガイドに先導され航空機に乗り込むツアー客たち。多くの乗客でほぼ満席状態の機内では、ガイドからマドリード空港では別室にて入国手続きをおこなうので、並ばなくてスピーディーにスペインに入国できる旨の説明があった。まさに大名旅行に浮き浮きするT氏たちツアー客。

 マドリード空港の別室での入国手続きが済むと、T氏を含めたツアー客の前に警察官と思しき人物が現れた。彼の口から出た言葉に蛇足氏たちは戦慄することになる。
「お前たちには中国から逮捕状が出されている。犯罪人引渡条約によりこれから中国へお前たちを引き渡す」
 いつの間にかガイドは消えていた。
 アッという間に手錠を掛けられ腰縄で繋がれるT氏たち。手際の良いことにすぐさま中国へのチャーター機へ押し込まれた。
 バラバラに座らされた機内には、ほかには中国の係官が数名いるだけで閑散としていた。
 そのときになってT氏はようやく気付く。すべては最初から仕組まれたことだったと。恐らく罪状は国家安全法違反で、SNSなどの書込みから特定されたのだろう。うかつにも誘いに乗ってしまったことを後悔した。先に立たずうなだれるばかり。

 中国での取り調べは実にアッサリとしたものだった。
 T氏が過去に書いた中国や共産党、中国人に対する批判的な記事がプリントアウトされていて、それらを書いたことに間違いがないという署名を要求されただけだ。驚いたことに、ほかの人の記事に対して、T氏が書いたコメントまでもがプリントアウトされていた。

 独房での拘留では悪いことばかりが頭を過る。薬を打たれ、洗脳され、中国のスパイに仕立てられるのか、あるいはこのまま何十年と拘留生活が続くのか、ほかの罪状をでっち上げられて死刑になるのか。

 二日後、独房から出されたT氏たちの前には日本大使館員がいた。
「これから皆さんを日本へ送り届けます。詳しいことは機内でお話ししましょう」
 大使館員はツアー客8人に向かって言った。そう、ツアー客の内2人は独房内で自ら命を絶っていたのだった。
 機内では、うなだれる8人に対し大使館員の容赦ない言葉がぶつけられた。
「今回の件で日本政府は中国に大きな借りを作ってしまったことになります。まずはそのことを自覚していただきたいです。皆さんのSNSでのご高説も結構ですが、行動を伴っていただかないと日本中が迷惑することになります。実際、皆さんの逮捕を切っ掛けとしてネットでは中国に対する批判的な書込みは影を潜めました。いわば皆さんは見せしめだったわけです。
 日本はアメリカと韓国の2カ国としか犯罪人引渡条約を締結しておりませんが、中国は今回のスペインを含め多くの国と締結しております。
 そう、まんまと中国側の策に嵌まってしまったのです。
 これからマスコミ報道で針の筵だと思いますが自業自得だと思って堪えてください。特に帰国記者会見などは行ないませんが、各自マスコミなどへの発言はできる限り慎んでくださいますよう、重ねてお願いいたします」

 T氏たちは、涙目で聞いていた。

(了)
作品名:当選御礼 作家名:立花 詢